6-10
まふゆは彼の腕の中で、ただされるがままになっていることしかできない。
廊下の向こうから、また別の魔物の咆哮と、戦闘の音が聞こえ始めていた。
しかし、ミカゲに抱かれているこの腕の中だけは、世界で一番安全な場所のように感じられた。
とくん、とくん……
こんな極限状況だというのに、まふゆの心臓は早鐘を打っていた。
ミカゲの腕の中は、驚くほど静かで、安全だった。彼の黒い装束がまるで砦のように、外の世界の恐怖からまふゆを守ってくれている。
廊下の向こうからは、耳を塞ぎたくなるような戦闘音や魔物の咆哮が聞こえてくるのに、不思議と怖くはなかった。
(ミカゲさん、うちを探して、きてくれたんや……)
絶望の淵にいた自分を、見つけ出してくれた。
その事実が、昨日食べたユキロンよりもずっと甘く、胸の奥をじんと痺れさせる。
ミカゲの首筋に顔をうずめる形になり、彼の静かで、でも確かな体温と、夜の闇のような落ち着く匂いに包まれた。
まふゆは、そっと目を閉じる。ミカゲの胸に響く、力強い鼓動。それが自分の高鳴る心音と重なっていくようだった。
……ミカゲは何も言わない。
ただ、まふゆを抱くその腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
彼は廊下の角で一度立ち止まり、気配を殺して周囲の状況をうかがう。その動きには一切の無駄がなく、静かな獣のようだった。
やがて、安全を確認すると、再び静かに歩き出す。
その一連の動きの中で、まふゆを抱く腕が揺れることは一度もなかった。まるで彼女が硝子細工であるかのように、慎重に、そして大切に運ばれている。
「……ミカゲさん」
思わず、名前を呼んでいた。
「なんや、このままずっとこうしてたいって、思ってしもた……」
場違いにもそう願ってしまっている自分に気づき、まふゆは頬を熱くする。
ミカゲの胸に顔をうずめ、恥ずかしさをごまかすようにぎゅっと彼の装束を握りしめた。
「……こんな時に、ごめんなさい……」
小さな声で呟くと、頭上から、静かな声が降ってくる。
「……別に、構わない」
ミカゲは短く答えると、再び口を閉ざした。
けれど、その言葉だけで、まふゆの心は温かい光で満たされていくのを感じた。
この時間が、永遠に続けばいいのに。
そんな非現実的な願いが、まふゆの胸にそっと芽生えていた。




