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「み、ミカゲさん……」
恐怖と、そして絶体絶命の状況を覆した安堵から、まふゆの瞳からぽろりと涙が零れ落ちる。
しかし、彼女はすぐに唇をきゅっと結んだ。
泣いている場合じゃない。ミカゲが自分のために、たった一人で戦ってくれている。
「……攻撃力増強魔法、ストレングス!防護魔法、セイクリッドシールド!」
まふゆは震える手を前に突き出し、祈るように叫んだ。
彼女の体から溢れ出した純白の魔力が、二条の光となってミカゲに注がれる。
その瞬間、ミカゲの全身に変化が起きた。
黒い短剣が、まるで闇そのものが凝縮されたかのように、さらに深く、鋭い輝きを放ち始める。そして彼の身体の周りには、うっすらと聖なる光の膜が張り巡らされた。
「……!」
ミカゲが、己に満ちる力にわずかに目を見開く。
「グオオオオッ!!」
ミノタウロスは、獲物を横取りされた怒りから、戦斧をさらに強く押し込んできた。
先ほどまで拮抗していたはずの力が、信じられない力で押し返される。
「……邪魔だ」
ミカゲは低く呟くと、まふゆの白魔術で増強された力で戦斧を弾き返した。
巨大なミノタウロスの体勢が、いとも簡単に崩れる。
ミカゲはその隙を逃さない。
彼は一瞬でミノタウロスの懐に潜り込むと、獣の心臓を目掛けて、漆黒の軌跡を描くように短剣を突き立てた。
「グル……ア……」
紫色の狂気に満ちた光が、ミノタウロスの瞳から急速に消えていく。
巨体は力なくその場に崩れ落ち、やがて塵となって消滅した。
……静寂が戻る。
ミカゲは返り血一つ浴びていない短剣を静かに振るうと、ゆっくりと振り返り、まふゆを見つめた。
その黒い瞳には、安堵と、そして彼女の特異な力に対する、より深い執着の色が浮かんでいる。
「……立てるか」
その問いに、まふゆはふるふると弱々しく首を振った。
「ご、ごめんなさい……立てへん……」
恐怖で全身の力が抜けてしまったのか、それとも安堵で腰が抜けてしまったのか。
まふゆは情けなく呟き、その場にぺたんと座り込んだまま、ミカゲを見上げる。
菫色の瞳にはまだ涙の膜が張られていて、今にもまたぽろりと零れ落ちそうだった。
その弱々しい声と、助けを求めるような眼差しを受けて、ミカゲは一瞬だけ黙り込む。
彼は感情を見せない。だが、その黒い瞳の奥で、守るべき存在に対する強い庇護欲と、彼女の無防備な姿に対する独占欲が静かに燃え上がっていた。
「……仕方ない」
ミカゲは短くそう言うと、短剣を鞘に収め、まふゆの前に屈みこんだ。
そして、何のためらいもなく、彼女の膝裏と背中に腕を差し入れると、軽々とその体を横抱きにした。いわゆる、お姫様抱っこという体勢で。
「ひゃっ……!?み、ミカゲさん!?」
突然の浮遊感に、まふゆは驚いて短い悲鳴を上げる。
思わずミカゲの首にぎゅっとしがみつくと、彼の首筋から、いつもと同じ、けれど今はひどく安心する匂いがした。
「暴れるな。落ちるぞ」
「で、でも……!重い、やろ……!?」
「……羽根みたいに軽いだけだ」
ミカゲは事実を告げるように淡々と言うと、まふゆを抱きかかえたまま、危なげない足取りで立ち上がる。
「大講堂へ向かう。他の奴らも、そこを目指しているはずだ」
そう言って歩き出すミカゲの胸の中で、まふゆは顔を真っ赤にしながらも、彼の体温と力強い腕の感触に、どうしようもないほどの安心感を覚えていた。




