6-7
シャノンはセリウスの手を振りほどき、舌打ちしながら廊下の奥へ駆け出そうとした。
──その瞬間だった。
床に広がっていた影が、不自然に蠢く。
「……っ!」
嫌な予感が走った刹那、影の中から紫色の魔力が噴き上がり、異様に歪んだゴブリンが二体、ほぼ同時に跳び出してきた。
「チッ……!ほんっと、しつこいんだから……!!」
シャノンは即座に迎撃し、一体の顎を蹴り上げる。だが、もう一体が死角から振るった刃が、彼女の脇腹を浅く掠めた。
「くっ……!」
浅い傷。だが、確実に体勢を崩される。
さらに奥から、重い足音が聞こえた。さっきまでとは比べ物にならない、明らかに強化された個体が姿を現す。
紫色の魔力を纏い、知性を感じさせる不気味な視線でこちらを見据えていた。
「……ちょっと、流石に、数……多すぎ……」
シャノンは息を荒くしながら構えるが、さっきの一撃で動きが鈍っている。その隙を逃さず、強化個体が腕を振り上げた。
──間に合わない。
そう判断した瞬間。
「やめろォォ!!」
セリウスが、叫びながら前に出た。
短剣を抜き放ち、震える腕で突き出す。刃は浅く、だが確かにゴブリンの腕に突き刺さった。
「ギィッ……!」
怯んだ、その一瞬。セリウスは歯を食いしばり、全身でシャノンを突き飛ばした。
「今だ、下がって!!」
次の瞬間、強烈な衝撃がセリウスの背中を打つ。壁に叩きつけられ、息が詰まった。
「……っ、ノセ!!」
シャノンは目を見開く。倒れ込んだセリウスの前に立ち、爪を構えた。その背中は、小さく震えていたが──逃げなかった。
「……なんで、出てきてるのよ……!」
「君一人にやらせる訳にはいかないだろ……!僕だって男なんだ……っ!」
掠れた声。それでも、視線は逸らさない。
シャノンは一瞬、言葉を失った後、舌打ちする。
「……馬鹿。ほんっとに馬鹿。ノセのくせに」
そう言いながらも、彼女の尻尾はぴんと立ち、その身から放たれる殺気が一段階跳ね上がった。
「でも……悪くないわ」
次の瞬間、彼女は獣のように踏み込み、残っていたゴブリンの喉元を正確に切り裂いた。
荒い呼吸の中、シャノンは振り返り、壁際で苦しそうに咳き込むセリウスを睨みつける。
「……あんた、自分が何したか分かってる?」
「……うん。無茶、した……」
それでも、とセリウスは続ける。
「……でも、僕は誰も失いたくないんだよ……」
シャノンはしばらく黙っていたが……やがて小さく息を吐いた。
「……分かった。もう一人で行かない」
彼女はセリウスに手を差し出す。
「大講堂に向かうわ。結界がまだ生きてる可能性が高い」
「……まふゆも、そこに……?」
「ええ。人の流れ的にも、可能性は一番高い」
セリウスはその手を力強く掴み、シャノンの助けを借りて立ち上がった。
「……行こう。まだ、間に合う」
二人は頷き合い、再び廊下を駆け出す。今度は、一人ではなかった。互いの背中を守りながら、一番可能性の高い場所へと。
彼らの頭には、同じ少女の顔が浮かんでいた。




