3-14
「……ミカゲさん!さっきはごめんなさい!うち、うち……!」
息を切らしながら、まふゆは勢いよく頭を下げた。
声が震え、言葉がうまく続かない。謝りたいのに、伝えたいことがあるのに、先程の恐怖と、自分のしでかしたことへの後悔で、喉が詰まってしまう。
自分の無知が、彼を傷つけた。
自分の善意が、彼を殺しかけた。
あの肉の焼けるおぞましい音と、苦痛に歪んだ彼の横顔が脳裏に焼き付いて離れない。アルビノエルフの特性で結果的に傷は癒えたけれど、彼に激痛を与えてしまった事実は変わらない。
「うち、影人の人に白魔術が毒になるなんて、知らんかって……!ミカゲさんを助けたい一心で……ほんまに、ほんまにごめんなさい……!」
ぽろぽろと、後悔の涙が地面に落ちて染みを作っていく。顔を上げられない。彼の顔を見ることが、今は怖かった。
もし、軽蔑されていたら?もし、もうそばにいてほしくないと思われていたら?
そんな不安に胸が押しつぶされそうになっていると、ふわりと、頭に温かい感触がした。
驚いて顔を上げると、ミカゲの、少しだけ躊躇いがちに伸ばされた大きな手が、まふゆの頭を不器用に撫でていた。
「……気にするな」
彼は短く、そう言った。
その声はいつもと同じ、感情の読めない低い声。けれど、その瞳は静かにまふゆを見つめていて、そこに責めるような色はどこにもなかった。
「あんたのせいじゃない。知らなかっただけだ。それに……」
ミカゲは一度言葉を切り、自分の左手を見つめる。エドウィンたちの前から逃げ出すきっかけを作った、あの不思議な『影色の光』の残滓を探すように。
「……結果的に、あんたの力で助かった。礼を言う」
「でも……!」
「いいから」
食い下がろうとするまふゆの言葉を、ミカゲは静かに遮った。
そして、その黒曜石の瞳で、まっすぐにまふゆを見つめる。
「今は休め。……酷い顔だぞ」
そう言って、彼は自分の袖で、まふゆの頬を伝う涙を乱暴に、けれどどこか優しく拭った。
そのぶっきらぼうな仕草に、また涙が溢れそうになるのを、まふゆは必死でこらえた。
その時、遠くからカーン、カーンと、授業の終わりを知らせる鐘の音が学園に鳴り響いた。
静かな木立の中にまで届くその音に、まふゆはハッと顔を上げる。
見つけた卵の提出の時間だ。
「……あっ!卵……!せっかく金の卵、見つけたのに……!」
今ごろ霊廟では、エドウィン先生たちが金の卵を回収しているかもしれない。いや、そもそもあれは、まふゆたちををおびき寄せるための罠だったのだろうか。
どちらにせよ、あんなことになってしまった今、霊廟に戻ることなんてできない。
「ミカゲさんと一緒に見つけた卵も、全部あそこに……」
腰に付けていた、卵を入れるための小さな袋が空になっていることに気づき、まふゆはがっくりと肩を落とした。
青い卵、赤い卵、緑の卵……ミカゲの卓越した能力のおかげで、たくさん見つけられたのに。
「……仕方ない。今は戻れん」
ミカゲが冷静に告げる。
「それよりも、今後のことだ。エドウィンは、あんたを狙っている。学園内ですら、安全とは言えなくなった」
「う、うちを……?」
「ああ。あんたのその特異な力に気づいた。奴は、研究のためなら手段を選ばない男だ。……必ず、また来る」
ミカゲの言葉に、まふゆはごくりと唾を飲んだ。
あの狂信的なまでの執着の目を思い出す。エドウィン先生が『白檻会』の人間で、自分を『材料』として狙っている。その事実は、じわじわと現実味を帯びてまふゆの心を蝕んでいく。
「どうしたら……」
「……一人になるな。特に、俺か、レオンハルトか、セリウスのそばを離れるな」
「ミカゲさん……」
「奴らも、王子やその弟に手を出すのは躊躇うはずだ。俺も……あんたから離れない」
淡々と、しかし有無を言わせぬ力強さで告げるミカゲ。
その黒曜石の瞳は、何があってもまふゆを守り抜くという固い決意に満ちていた。
その視線に、恐怖で冷え切っていた心が少しだけ温まるのを感じる。
「……はい」
まふゆは、涙の跡が残る頬で、それでもしっかりと頷いた。
「とりあえず、教室に戻るぞ。他の奴らも心配しているだろう」
ミカゲが先に立ち、周囲を警戒しながら歩き出す。まふゆも急いで立ち上がり、彼の少し後ろを、離れないようについていった。
教室に戻ると、すでにほとんどの生徒が戻ってきており、互いに見つけた卵の数を自慢し合っていた。
その喧騒の中で、三つの人影が、扉を開けたまふゆたちに気づいて駆け寄ってくる。
「まふゆ!ミカゲ!お前ら、どこ行ってたんだよ!?」
レオンハルトが心配そうな顔で大股に近づいてくる。その隣では、セリウスが安堵のため息をついていた。
「あんたたちの匂いが途中でプッツリ消えたから、心配してたんだからね!」
シャノンが腕を組んでそっぽを向きながら言うが、その猫の耳は不安そうにぴくぴくと動いている。
三人の顔を見て、まふゆの目から再び涙が溢れそうになった。
無事だった。仲間たちが、ここにいる。その当たり前の事実に、心の底から安堵した。




