3-11
「ミカゲさん……」
人の剥き出しの悪意に初めて直面し、まふゆの菫色の瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
怖い。足がすくんで動かない。
でも、それ以上に、自分のためにたった一人で戦ってくれている彼の背中が、あまりにも大きく、そしてあまりにも孤独に見えた。
(いやや……)
このままじゃ、ミカゲさんが危ない。
守られてるだけなんて、いやや。
(うちも、戦わな……!ミカゲさんを、一人にはさせへん……!)
純粋な善意と、彼を助けたいという一心。
恐怖を振り払うように、まふゆはぐっと唇を噛みしめた。震える手で印を結び、桜色の唇から澄んだ声で呪文を紡ぎ始める。
「万象に宿りし白き息吹よ、彼の者の四肢に力を、その魂に闘志を……!」
『ブレス・オブ・ヴァラー』。対象の身体能力を一時的に飛躍させる、アルビノエルフの得意とする支援系の白魔術。
彼女の清らかな魔力に呼応し、淡く、温かい光がその両手に集束していく。
これでミカゲを助けられる。その一心だった。
その光景を見た瞬間、今までどんな状況でも冷静さを失わなかったミカゲの表情が、初めて凍りついた。
「……っ、やめろ!!」
今まで聞いたことのない、焦燥と苦痛に満ちた叫び。
彼は弾かれたように振り返り、まふゆの詠唱を止めようと手を伸ばす。その鬼気迫る表情の意味を、まふゆは理解できない。
なぜ?どうしてそんな顔をするの?
これは、あなたを助けるための光なのに──。
その純粋で、温かいはずの支援の光は、影に生きる彼にとって、触れれば身を焼く猛毒に他ならないのだ。
その滑稽で、あまりにも悲劇的なすれ違いを見て、エドウィンは腹を抱えて大笑いした。
「ハッ、ハハハハハ!傑作だ!なんて素晴らしい無知!なんて純粋な愚かしさだ!」
甲高い笑い声が、霊廟の石壁に反響する。
その声に、まふゆの動きが止まった。
「君は知らないのかい!?影人にとって、君たちエルフの白魔術は『毒』なんだよ!君は彼を助けるどころか、内側から焼き殺そうとしているんだ!」
その残酷な真実に、まふゆの思考は完全に停止する。
手に集まった優しく、温かい光が、今は禍々しい呪いのように見えた。
──毒?
──うちの魔法が?
────ミカゲさんを、殺す……?
ミカゲの悲痛な顔と、エドウィンの嘲笑。
全てが歪んで、ぐにゃりと溶けていく。悪夢だ。これは、悪い夢に違いない。
「あ……あかん!止まって!止まってええええッ!!」
まふゆの悲痛な叫びが霊廟に響き渡る。
自分の善意が、一番守りたかった人を殺す刃に変わってしまった。その恐ろしく、耐え難い事実に、彼女の心は張り裂けそうだった。
パニックに陥り、魔力の制御が効かなくなる。
「やめて!お願いやから、止まって……!」
懇願も虚しく、手に集まった純粋な光のエネルギーは暴走寸前となり、バチバチと音を立てながら激しく明滅し始める。
もう、まふゆ自身にも、この力を止めることはできなかった。




