3-10
「魔導機って、白檻会っていう組織の人が作った機械で、エルフ以外でも魔術使えるやつ、ですよね……?学園でも使うてはる人、いるけど……」
ミカゲの背中に隠れながら、まふゆは震える声で尋ねた。
授業で習った知識。それは、画期的な発明品としての魔導機の姿だった。エルフと他の種族との垣根を取り払う、希望の光。そう教わったはずだ。
だが、今目の前で黒衣の者たちが構える魔導機からは、そんな希望の光など微塵も感じられない。代わりに、まるで何かの怨念が渦巻いているかのような、禍々しく、そして悲しい気配が漂ってくる。
ミカゲはまふゆの問いに答えなかった。ただ、短剣を構えたまま、その視線はエドウィンと周囲の敵から一瞬も外さない。彼の全身から放たれる殺気は、この魔導機という存在そのものに向けられているようだった。
その沈黙を肯定と受け取ったように、エドウィンは満足げに頷いた。
「その通りだよ、まふゆ君。これは、我々『白檻会』が開発した素晴らしい発明品さ。これさえあれば、非力な人間でも、君たちエルフのように魔法が使える」
彼の口から、はっきりと『白檻会』という名前が出た。
やはり、この人たちは……。
「だがね」と、エドウィンは続ける。その声には、隠しきれない愉悦の色が滲んでいた。
「どんな素晴らしい機械にも、動力源が必要だろう? 車を動かすには燃料が、灯りをともすには電力が必要だ。──では、この魔導機を動かす『燃料』は、一体何だと思うかい?」
クイズを出すかのような軽い口調。しかし、その内容はあまりにもおぞましいものだった。
まふゆは答えられなかった。いいや、考えたくもなかった。
目の前の魔導機から感じる、あの悲しい気配。それが答えだと、本能が叫んでいる。
ミカゲが、吐き捨てるように言った。
「……エルフの命、だろう」
その言葉は、重い鉄槌のようにまふゆの胸を打ちのめした。
「え……?」
エルフの……命?
じゃあ、この禍々しい気配は……この機械は……エルフの命を、喰らって動いている……?
信じられない、信じたくない事実に、まふゆの頭は真っ白になった。
そんな非人道的なことが、許されていいはずがない。
自分と同じ、エルフの仲間が……。
「ご名答。本当に君は優秀だね、ミカゲ君」
エドウィンはパチパチとわざとらしく拍手をしながら、その目を恍惚と細めた。
「特に、君のような稀少なアルビノエルフの魔力は、最上級の『燃料』になる。……ああ、想像しただけで素晴らしい!君のそのたわわな果実のような命を動力にすれば、一体どれほど強力な魔導機が作れることか!」
粘つくような視線が、まふゆの全身を舐めるように這う。
背筋を悪寒が走り、吐き気がこみ上げてきた。
この人は、狂っている。
自分を、ただの「材料」としてしか見ていない。
恐怖で体が動かない。声も出ない。
ただ、ミカゲの背中だけが、かろうじて自分をこの場に繋ぎとめている最後の砦だった。
彼の背中が、今、何よりも頼もしく、そして儚く見えた。
「……下衆が」
ミカゲが短く、吐き捨てる。
憎悪と侮蔑を込めたその一言は、まふゆに向けられた粘つくような視線の主、エドウィンに向けられたものだった。
「……あんたは下がっていろ。絶対に、俺から離れるな」
彼は短剣を構え直し、まふゆにだけ聞こえるように、しかし絶対的な力強さを持って告げる。
その声に、恐怖で凍りついていたまふゆの体がびくりと動いた。こくこくと、声にならない返事をして頷くのが精一杯だった。
まふゆが不安げにミカゲの背中にしがみつくように隠れると、彼の背中はピクリとも動かない、絶対的な防波堤のようだった。
「フフ……実に感動的な主従関係だ。だが、いつまで持つかな?」
エドウィンが嘲るように言うと、彼の両脇にいた警備兵が動く。
一人は腰の剣を抜き、もう一人は腕の魔導機を起動させ、ごう、と音を立てて炎の弾丸をミカゲに向けて放った。
「……チッ」
ミカゲは舌打ち一つで、短剣を逆手に持ち替える。
飛来する炎の弾丸を、最小限の動きで横に跳んで回避。その勢いのまま、剣を抜いた警備兵の懐に影のように滑り込んだ。
カンッ!と鋭い金属音が響く。
警備兵が振り下ろした剣を、ミカゲは短剣で弾き返す。体格では圧倒的に不利なはずなのに、相手の力を巧みに受け流し、逆に体勢を崩させた。
「……遅い」
冷たい声と共に、ミカゲの肘が警備兵の鳩尾にめり込む。
「ぐっ……!」という短い呻き声を上げ、大柄な男が崩れ落ちた。
その一連の動きは、わずか数秒。息を呑むほど洗練されていて、美しささえ感じさせる。
だが、その隙を逃すほどエドウィンの手下は甘くない。
包囲していた黒ローブたちが一斉に動き、魔導機から光の矢や氷の礫を放つ。四方八方から迫る魔法の弾幕が、逃げ場のない二人を襲った。
「……!」
ミカゲは即座に判断し、まふゆの腕を強く掴むと、霊廟の太い石柱の影へと飛び込んだ。
ドドドドッ!と、先ほどまで二人がいた場所に無数の魔法が着弾し、石畳が砕け散る。破片が飛び散り、まふゆは思わず悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえた。
「……無事か」
石柱の陰で、ミカゲが低い声で尋ねる。
彼の瞳は、油断なく周囲を警戒している。息は少しも乱れていないが、多勢に無勢であることは明らかだった。
「は、はい……!う、うちは、大丈夫……でも……!」
大丈夫じゃない。心臓は今にも張り裂けそうで、足は恐怖で震えている。
「ハハハ! 素晴らしい! まるで舞踏のようだね、ミカゲ君! だが、いつまで私の可愛い生徒を守りきれるかな?」
エドウィンの甲高い笑い声が、霊廟に不気味に響き渡った。
その声は、絶望を告げる鐘の音のように、まふゆの耳に突き刺さった。




