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棗が慌ただしく帰って行った後、リビングは先程までのはしゃぎっぷりが嘘のように、静まり返っていた。
最新鋭の家電に目を輝かせていた仲間たちも、今はそれぞれの表情に、未来への漠然とした不安を浮かべている。
まふゆは、大きな窓から見える、見慣れない日本の街並みを眺めながら、ぽつりと呟いた。
「……みんな、堪忍ね」
その声は、夜の静寂に吸い込まれるように、小さく震えていた。
「まふゆ?」
セリウスが、心配そうに彼女の名を呼ぶ。
まふゆは振り返らず、ガラスに映る自分の姿を見つめたまま、言葉を続けた。
「うちのせいで……みんなを、こんなわけのわからん世界に連れてきてしもて。……ほんまは、あっちで、みんなそれぞれの夢とか、やりたいことがあったはずやのに」
リリアは新しい魔導機を作るための研究を、レオンハルトとセリウスは理想の国を作ることを。
シャノンも、アリスも、ミカゲでさえも、彼らには彼らの人生があった。それを、自分の都合で捻じ曲げてしまった。
その罪悪感が、ずしりと彼女の肩にのしかかる。
「……元の世界には、もうみんな……戻られへんのかもしれへんのよ」
それは、考えたくもない、最悪の可能性。
けれど、一番現実的な可能性でもあった。あの厳かな声は『役目を終えた』と言ったのだ。片道切符だったとしても、何ら不思議はない。
リビングに、重い沈黙が落ちる。
……その沈黙を破ったのは、レオンハルトだった。彼はガシガシと頭を掻くと、豪快に笑った。
「何言ってやがる。お前一人のせいじゃないだろ。俺たちが、お前を離さなかった。それだけのことだ」
「そうだよ」と、セリウスも静かに頷く。
「僕たちは、自分の意志で君と共にいることを選んだんだ。後悔なんて、していない」
「そ、そーだよまふゆん!あーしは、まふゆんと一緒にいられるなら、どこだっていいんだから!」
「ま、まあ、こいつらと一緒ってのは癪だけど……あんたがいないよりは、マシよ」
リリアとシャノンが、口々にそう言う。アリスも、こくりと頷いて、まふゆの隣に寄り添った。
「……まふゆは、アリスの、大切な人。一緒がいい」
みんなの温かい言葉が、まふゆの心を包み込む。
彼女は、ゆっくりと仲間たちの方へ振り返った。その瞳には、涙が薄っすらと浮かんでいる。
「……あんたは、俺の光だと言っただろう」
最後に、ミカゲが静かに言った。彼はソファから立ち上がると、まふゆのそばに歩み寄り、その白い髪を優しく撫でる。
「光のない世界に、影はない。俺は、あんたがいればそれでいい」
その言葉は、何よりも強い誓いだった。
まふゆの瞳から、堪えていた涙が一筋、頬を伝った。
「……みんな……」
もう、謝る必要はない。彼らは、運命を共にする覚悟を決めてくれているのだから。
彼女は涙を拭い、そして、最高の笑顔を見せた。
「ありがとう。……ほな、これからどうやってこの世界で生きていくか、考えなあかんね!」
その声には、もう迷いはなかった。
異世界での生活は、困難の連続だろう。けれど、この七人なら、きっと乗り越えられる。
まふゆは、そう強く信じていた。
窓の外では、日本の夜が、静かに更けていく。
七人の新しい物語は、まだ始まったばかりだった。
第三十七話・了




