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皮肉と嘲笑を込めた言葉の刃。
それを向けられても、ミカゲの表情は一切変わらなかった。ただ静かに、まふゆの菫色の瞳を見つめ返している。
やがて、その薄い唇が、ゆっくりと動いた。
「……あんたは、綺麗だな」
それは、思いもよらない言葉だった。
罵倒でも、反論でも、弁明でもない。ただ、心の底から湧き出たような、純粋な感嘆。
「……は?」
まふゆは思わず、素っ頓狂な声を上げた。意表を突かれ、一瞬だけ、彼女が作り上げていた冷徹な仮面が揺らぐ。
「皮肉を言う唇も、俺を試すように細められた瞳も、これまでのあんたとは違う。だが、それもまた、まふゆだ。……どんなあんたでも、綺麗だと思う」
ミカゲの言葉には、何の飾りも、駆け引きもなかった。暗殺者として、常に感情を殺して生きてきた男が紡ぐ、不器用で、しかしどこまでも真摯な言葉。
それは、まふゆが前世で決して手に入れることのできなかったもの。彼女の容姿や家柄、才能といった上辺のものではなく、彼女の存在そのものを、ただ真っ直ぐに肯定する言葉だった。
「なっ……」
まふゆの頬に、じわりと熱が差す。それは、屈辱や怒りとは違う、もっと心の奥をかき乱されるような熱。
彼女はすぐさまそれを打ち消すように、さらに言葉を重ねた。
「……あ、あほなこと言わんといてくれはる?うちが綺麗なんは当たり前ですわ。そんなんで、うちが絆されるとでもお思いで?」
「思わない。これは、俺がそう感じただけだ。あんたがどう思うかは関係ない」
ミカゲは淡々と答える。その揺るぎない態度に、まふゆはぐっと言葉を詰まらせた。
まるで、どんな鋭い言葉の刃も、この男には届かないかのようだ。分厚い鋼の鎧に、小石を投げつけているような無力感。
「……ほんま、気色の悪いお人」
まふゆは忌々しげに吐き捨てると、ぷいと顔を背けた。これ以上、この男と話していると、自分のペースが乱される。そう直感したのだ。
「ほな、勝手に後つけてきたらええですわ。うちは、犬なんて飼うた覚えはあらへんけど」
早口でそう言い残し、彼女は再び歩き出す。その足取りは、先程よりも心なしか速くなっていた。
背後から、変わらない足音がついてくる。
その音は、もはやただの監視者のものではなく、もっと別の、彼女の心を静かにかき乱す響きとなって、鼓膜にこびりついて離れなかった。




