35-1
翌日。
雪はすっかり止み、澄み渡った冬の空気が学園を包んでいた。しかし、A組の教室に漂う空気は、どこか重く、ぎこちない。
まふゆは、指定された席に静かに腰を下ろした。
白を基調とした、いつもの装束。けれど、その着こなし方、立ち居振る舞いだけで、昨日までの彼女とは全く違う印象を周囲に与えていた。
背筋をぴんと伸ばし、組んだ脚は寸分の乱れもない。まるで、玉座に座る女王のような気品と威圧感を放っている。
「…………」
前の席のレオンハルトは、振り返りたい衝動を必死に堪えていた。背後から感じる、冷たいようでいて、どこか値踏みするような視線。
友を失った悲しみと、目の前の未知の存在への戸惑いが、彼の心をかき乱す。
隣の席のセリウスは、平静を装って教科書に目を落としていたが、その内容は全く頭に入ってこない。
昨日、彼女が語った「妾の子」という言葉が、彼の胸に重くのしかかっていた。自分と似た境遇でありながら、彼女はそれを微塵も卑下せず、むしろ力に変えている。
その強さに、彼は畏怖にも似た感情を抱いていた。
そして、後ろの席のミカゲ。
彼はただ静かに、まふゆの背中を見つめている。その横顔はいつも通り無表情だが、黒い瞳の奥には、昨日よりもさらに強い決意の光が宿っていた。
教室の扉が開き、ガンツが入ってくる。
「席に着け、貴様ら。授業を始める」
いつも通りの冷静で厳しい声。しかし、彼の視線もまた、一瞬だけまふゆへと注がれた。学園長から事情は聞いているのだろう。
今日の授業は古代魔術史。本来ならエドウィンが担当するはずだったが、彼の不在により、ガンツが代行を務めていた。
まふゆは、配られた資料に目を通すと、ふっと鼻で笑った。
「……ふぅん。この程度のこと、わざわざ授業で習わなあかんのやね。退屈」
独り言のように呟かれた言葉は、静かな教室によく響いた。周囲の生徒たちが、ぎょっとして彼女を見る。
ガンツが、眼鏡の奥の鋭い目でまふゆを睨んだ。
「水鏡。貴様、何か言ったか」
「……別に?ただ、この程度の歴史なら、うちの家にあった小説……いや、書物の方がよっぽど詳しゅう書かれてたなと、思うただけですわ」
悪びれる様子もなく、にこりと微笑むまふゆ。その笑みは、昨日までの慈愛に満ちたものではなく、相手を見下す冷笑だった。教室の空気が、さらに凍り付く。
ガンツは一瞬言葉に詰まったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「……ほう。ならば、その知識をここで披露してみろ。できなければ、貴様の私語として厳しく罰する」
「ええですよ。どこから話しましょか?古代エルフ王朝の崩壊の真実?それとも、失われた『第七魔術』について?」
まふゆが提示した内容は、教科書のどこにも載っていない、歴史の闇に葬られたはずの禁忌の知識だった。ガンツだけでなく、魔術史に詳しいセリウスさえもが、息をのむ。
「……なんやの?何か言うてくれたらええのに」
誰からも反応がないのを見て、まふゆは心底退屈そうに呟くと、頬杖をついて窓の外に視線を移した。
本当の水鏡まふゆとしての、初めての学園生活。それは、彼女にとってあまりにも退屈で、刺激のない世界の始まりを意味していた。
その冷ややかな横顔を、ミカゲは静かに見つめ続ける。
──必ず、思い出させてやる。
あんたがこの世界で見つけた、温かくて、かけがえのないものを。
彼の胸の中で、静かな誓いが、熱を帯びて燃え上がっていた。




