幕間
白檻会の本拠地から帰還し、学園の医務室で全員の検査と治療が行われた後。
身体的には問題ないことを確認されたまふゆとアリスだったが、精神的な疲労は計り知れず、当日は早めに休むよう促された。
だが、その前に……一つ、どうしても避けられない話題があった。
学園の一室に、レオンハルト、セリウス、ミカゲ、シャノン、リリア、そしてまふゆとアリスが集められた。
皆、エドウィンが口にした言葉を覚えている。「ホムンクルス」という、禁忌の響きを持つ言葉を。
重苦しい空気が部屋を支配する中、最初に口を開いたのはレオンハルトだった。
「……アリス」
彼はアリスの目線に合わせるようにしゃがみ込み、真っ直ぐに金色の瞳を見つめた。
普段の豪快さとは違う、優しく、しかし真剣な声音だった。
「お前が、ホムンクルスだって……あの野郎が言ってたことは、本当なのか?」
アリスは、その問いかけに小さく頷いた。
「……うん。アリスは、作られた、命」
その言葉は、あまりにも淡々としていて、まるで自分のことではないかのようだった。
感情の乏しいアリスらしい口調だが、今この瞬間、それが余計に胸を締めつける。
セリウスが苦しそうに眉を寄せる。
「なんてこと……。じゃあ、君の核になっているのは、本当にアルビノエルフの……」
「……ユキ、っていう、女の子の、魔力」
アリスがそう告げた瞬間、ミカゲの肩がわずかに震えた。
彼は、アリスから目を逸らすこともできず、ただ黙って拳を握りしめている。
自分が幼い日に命を奪った少女が、助けられず最後の願いすらも叶えてやれなかった少女が、こうして別の形でこの世界に存在していたという事実は、彼にとってどれほどの重みなのだろうか。
「じゃあ、アリスの記憶とか、感情とかは……」
まふゆが震える声で問いかけると、アリスは首を傾げた。
「……よく、わからない。でも、まふゆと一緒にいると、嬉しい。みんなといると、楽しい。それが、本物なのか、偽物なのか……アリスには、わからない」
その言葉に、リリアがぐっと唇を噛んだ。
「そんなの……!そんなの、本物に決まってるじゃん!だって、アリリンはちゃんと笑うし、ちゃんと驚くし、ちゃんと……生きてるもん!」
「リリアの言う通りや」
まふゆもまた、アリスの手を両手で包み込むようにして握りしめた。
「アリスは、確かにここにいる。ちゃんと生きてる。作られた命かもしれへんけど、そんなん関係あらへんわ。アリスは、うちの大切な友達やもの」
シャノンも、普段の気の強い態度を崩し、珍しく優しい声音で言った。
「……あたしも、同じ意見よ。あんたが何で出来てようが、あたしたちには関係ないわ」
レオンハルトがアリスの頭にぽんと手を置いた。
「お前は、俺たちの仲間だ。それ以上でも、それ以下でもねえ」
セリウスも微笑んで頷く。
「僕たちは、君を見捨てたりしないよ、アリス」
そして最後に、ずっと沈黙を守っていたミカゲが、ゆっくりと口を開いた。
「……アリス」
彼の声は、いつもの無感情なものとは違い、わずかに震えていた。ミカゲはアリスの前に膝をつき、その小さな顔を真正面から見つめる。
「お前の中に、ユキの魔力がある。それは……俺が奪った命だ」
アリスは静かに頷いた。
「……知ってる。ミカゲは、ユキを助けられなかった。アリスの核は、ユキの魔力」
ミカゲは拳を握りしめ、苦しげに続けた。
「だが、お前はユキじゃない。お前は、アリスだ」
その言葉に、アリスの瞳がわずかに揺れた。
「俺は……お前を、ユキの代わりだとは思わない。お前は、お前自身として、ここにいる」
ミカゲは、初めて見せる感情を滲ませた声で、静かに告げた。
「だから……俺も、お前を守る」
……ミカゲの言葉に、アリスの瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。
それは、感情という名の証。「生きている」という、何よりも尊い証だった。
アリスは小さく震える声で、初めて自分の想いを口にした。
「……アリスは、みんなと一緒にいたい。まふゆと、ミカゲと、レオンハルトと、セリウスと、シャノンと、リリアと……みんなと」
その言葉は、プログラムされた反応などではない。紛れもなく、彼女自身の「心」が紡ぎ出した言葉だった。
「うちも、アリスさんと一緒におりたい。ずっと、ずっと一緒や」
まふゆはアリスを優しく抱きしめた。
「よし、決まりだな!アリスはこれからも俺たちの仲間だ!」
レオンハルトが豪快に笑い、アリスの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「君は一人じゃない。僕たちがいるよ、アリス」
セリウスも優しく微笑む。
「あんた、ちゃんと泣けるじゃない。そういうの、まあ……嫌いじゃないわよ」
シャノンが鼻を鳴らしながらも、その金色の瞳は優しかった。
「アリリンは、アリリンだもん!これからも、よろしくね!」
リリアは涙を拭いながら、明るい声で言った。
「…………」
ミカゲは何も言わず、ただ静かにアリスの頭に手を置く。
こうして、アリスがホムンクルスであるという事実は、彼女を遠ざけるものではなく、むしろ仲間たちの絆を一層深めるきっかけとなった。
作られた命であろうと、その心は本物だ。
彼女は、確かに「生きて」いる。
そして、これからも、仲間たちと共に生きていく。
部屋に温かな空気が満ち、アリスの小さな涙は、希望の光へと変わっていった。
幕間・了




