2-11
「えっ、あ、またクイズや……!」
木箱に刻まれた新たな謎かけを読んで、まふゆは思わず声を上げた。さっきの図書館での一件が蘇り、緊張と期待で胸がとくんと鳴る。
「『満ちては欠け、欠けては満ちる』……?『万物を映す鏡』、ねぇ……」
レオンハルトが腕を組み、唸るように謎の言葉を反復する。その真剣な表情は、戦いの時とはまた違う、知的な鋭さを感じさせた。
「姿を持たない鏡……。しかも満ち欠けするなんて、そんなものあるのかしら?」
シャノンが首を傾げ、鋭い爪の先で自身の顎をこする。猫族の彼女にとっても、この謎は一筋縄ではいかないようだ。
「うーん、なんだろー?わかった!『人の心』!人の心って満たされたり欠けたりするし、相手を映す鏡って言うじゃん!」
リリアが自信満々に手を挙げて答える。その答えに、セリウスが穏やかに微笑みながら首を横に振った。
「面白い答えだね、リリア。でも、どうやって『人の心』をこの箱に捧げるんだい?」
「あ……そっかぁ。捧げるって言われても、形がないもんね……」
リリアはしょんぼりと肩を落とす。
「『捧げる』ってことは、何か物理的なものをこの箱に入れる……ということだろうか」
セリウスが木箱の構造を注意深く観察する。しかし、何度見ても鍵穴や投入口のようなものは見当たらない。
(満ちては欠け、欠けては満ちる……姿を持たない鏡……)
まふゆも皆と一緒に、必死に頭を働かせる。
夜空に浮かぶ月……?
でも、どうやって月を捧げればいいんだろう。それに、月は万物を映す鏡とは少し違う気がする。
鏡……鏡……。さっきのヒントも『水鏡』だった。
(水……?)
その考えが頭にひらめいた瞬間、まふゆはハッとして、東屋を囲む広大な湖に目を向けた。
きらきらと光る湖面。風が吹けば波立ち、静かな時には空や自分たちの姿をはっきりと映し出す。そして、雨が降れば水位は上がり、日照りが続けば干上がることもあるだろう。
「……あの、もしかして……」
まふゆがおずおずと口を開いた。その小さな声に、考え込んでいた全員の視線が一斉に集まる。
「どうした、まふゆ。何か分かったのか?」
レオンハルトが期待のこもった眼差しを向ける。
「うん……あんな。この謎の答えって、もしかしたら『水』なんやないかなって……」
まふゆは皆の顔を交互に見ながら、自分の考えをそっと口にした。
「水は、器によって形を変えるから『姿を持たない』し、湖みたいに『万物を映す鏡』にもなる。雨が降れば『満ちて』、蒸発すれば『欠ける』……。それに、『捧げる』って言っても、この湖からなら、すぐに……」
そこまで言って、まふゆは自分の両手を見つめた。
この手で水をすくい、箱にかければいいのかもしれない。
まふゆの言葉に、皆の表情が驚きから感心へと変わっていく。
「……なるほど、水か!」
セリウスがポンと手を打った。
「確かにそれなら、全ての条件を満たしている。それに、『水鏡に映る白亜の塔』というヒントとも繋がるね」
「すっげえじゃねえか、まふゆ!よく気づいたな!」
レオンハルトがくしゃりとまふゆの頭を撫でる。その大きな手が少し乱暴で、でもとても優しくて、まふゆは顔が熱くなるのを感じた。
「ミカゲっちもそう思わない?まふゆん、すごいでしょ!」
リリアが隣のミカゲの腕を揺する。
「……ああ」
ミカゲは短く肯定すると、じっとまふゆを見つめていた。その感情の読めない瞳の奥に、確かな信頼と、そして何か別の熱い光が灯っているように見えた。
「じゃ、じゃあ……うち、やってみるわ」
皆の視線に少し照れながらも、まふゆは意を決して湖に近づき、透き通った冷たい水をそっと両手ですくい上げた。
そして、木箱の前まで戻ると、静かに息を吸い込み、その手にすくった「答え」を箱の上へとゆっくりと注いだ。




