2-10
「よし、行くぞ!」
レオンハルトの号令を合図に、一行は湖畔の小道を東屋へと続く桟橋に向かって駆け出した。
先頭を駆けるのは、やはりレオンハルト。その大きな背中を、運動神経のいいシャノンが軽やかな足取りで追いかける。
「待ってよー、二人とも早ーい!」
リリアが少し遅れて、楽しそうな悲鳴を上げながら続いた。
「はぁ……はぁ……!ま、待って……!」
まふゆも必死に足を動かすが、普段あまり走り慣れていないせいか、すぐに息が上がってしまう。治癒術は得意でも、体力にはあまり自信がなかった。
だんだんと皆との距離が開いていく。
(うぅ……うち、足遅いなぁ……)
情けなさに唇を噛みしめた、その時。
すっと隣に並ぶ影があった。
「……焦るな。先に行ったところで、あんたがいなきゃ意味がない」
ミカゲだった。彼は涼しい顔で、まふゆのペースに合わせて走ってくれている。
その言葉に、どきりとして彼の顔を見上げた。
「ミカゲさん……?」
「……ただの石版探しだ。競争じゃない」
ぶっきらぼうな口調。けれど、その言葉には、はっきりとまふゆを気遣う優しさが滲んでいた。
その優しさが、なんだかくすぐったくて、そしてとても嬉しくて。
「……うん、ありがとう」
まふゆは小さくお礼を言うと、もう一度前を向いた。
不思議と、さっきより足が軽くなった気がする。ミカゲが隣にいてくれる。それだけで、心細さが消え、力が湧いてくるようだった。
少し先では、セリウスが「兄さん、少しは周りを見なよ!まふゆが遅れてるだろう!」とレオンハルトに怒鳴り、レオンハルトが「うおっ、悪ぃ!」と慌てて足を止めている。
そんなやり取りも微笑ましく感じながら、まふゆはミカゲと並んで、桟橋の入り口へとたどり着いた。
湖の中央へと続く、真っ直ぐな木の桟橋。その先には、二つ目の謎が待つ、白亜の東屋が静かに佇んでいた。
「こ、今回もクイズとか、あるんかな……?」
桟橋を渡りながら、まふゆは期待と不安が入り混じった声で呟いた。
ギシ、ギシ、と心地よい木の軋む音が、六人の足音に混じって湖面に響く。湖面を渡る風が、火照った頬に心地よかった。
「あーしさっきの楽しかったし!またクイズがいいなー!」
リリアが隣でぴょんぴょんと跳ねるように歩きながら、元気よく手を挙げる。
「どうだろうな。前回と同じとは限らない。次は体力勝負かもしれないぞ」
先頭を歩くレオンハルトが、振り返ってにやりと笑った。彼の言葉に、まふゆは「えぇ……」と少しだけ不安そうな顔をする。
「体力勝負なら、兄さんの独壇場だろうね。でも、学園長の性格を考えると、もっと知的な仕掛けだと思うけど」
セリウスが冷静に分析する。彼の言う通り、あの図書館の仕掛けを考えた人物が、単純な力仕事を用意するとは思えなかった。
「ふん。どっちでもいいわ。さっさと終わらせて、とっとと帰るだけよ」
シャノンは腕を組み、興味なさそうに言っているが、その金の瞳は好奇心にきらめいているのを、まふゆは見逃さなかった。
「…………」
ミカゲはただ静かに東屋を見据えている。その横顔は、既に次の謎と対峙しているかのように鋭い。
やがて、一行は桟橋の終点、湖に浮かぶ白亜の東屋に到着した。
六角形の形をした可愛らしい東屋で、屋根を支える柱には優美な蔦の模様が彫られている。中央には円形の石のテーブルと、それを囲むように石のベンチが置かれていた。
「わぁ……おしゃれな場所。ここでゆっくりお茶とか飲みたいなぁ」
まふゆが感心して見回していると、レオンハルトが「お、あったぞ!」と声を上げた。
彼の視線の先、石のテーブルの真ん中に、ぽつんと一つ、古びた木箱が置かれている。
大きさは両手で抱えられるほど。側面には精巧な彫刻が施されているが、鍵穴は見当たらなかった。
「これか……。どうやら、この箱を開けるのが二つ目の試練らしいな」
セリウスが木箱を慎重に観察しながら言う。
「また謎解きかな?でも、問題がどこにも書かれてないよー?」
リリアが箱の周りをくるくると回りながら首を傾げる。
まふゆもそっと箱に近づいてみる。すると、箱の天板に、何か文字が刻まれていることに気がついた。
「あ、これ……何か書いてある……」
まふゆの言葉に、全員がテーブルの周りに集まり、木箱を覗き込む。
そこに刻まれていたのは、こんな言葉だった。
『我は満ちては欠け、欠けては満ちる。姿を持たず、されど万物を映す鏡。我とは何か? 正しき答えを、我に捧げよ』




