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楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、陽が少しずつ傾き始めた頃、臨海学校の終わりを告げる集合の合図が響き渡った。
生徒たちは名残惜しそうに、あるいは解放感に浸りながら、荷物をまとめてバスへと向かっていく。
「ふぅ〜、やっと帰れるわね。もう二度と水の中なんてごめんよ」
シャノンが大きな伸びをしながら、心底うんざりしたように呟いた。
水が苦手な彼女にとって、この二泊三日は気の休まらない時間だったのだろう。
「その割には、ずいぶん楽しそうだったけどね。スイカ割りも、バーベキューも」
隣を歩いていたセリウスが、からかうように片眉を上げて笑う。
その言葉に、シャノンは「なっ……!」と顔を赤くして勢いよく振り返った。
「べ、別に楽しんでなんかないわよ!あれは仕方なく付き合ってあげただけ!それにアンタに言われたくないわよ、ノセ!」
「はいはい、わかったよ」
セリウスは売り言葉に買い言葉で応戦することもなく、やれやれと肩をすくめて歩き出す。その余裕のある態度が、さらにシャノンの癇に障ったようだった。
「ちょっと、聞き捨てならないんだけど!」
「事実だろう?」
「あーもう、ムカつく!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら先を行く二人を、まふゆは微笑ましい気持ちで見守っていた。
いつもの光景。けれど、この何気ないやり取りが、今はたまらなく愛おしく感じられる。
「ふふっ、二人とも、ほんまに仲が良いんやねぇ」
まふゆがぽつりと呟くと、隣を歩いていたレオンハルトが「全くだな」と苦笑した。
その少し後ろを、アリスの手を引いたミカゲが静かについてくる。アリスはもう片方の手で、浜辺で拾った綺麗な貝殻を大切そうに握りしめていた。
バスに乗り込むと、生徒たちの話し声で車内は賑わっている。
窓の外では、教師たちが最後の点呼を行っていた。
「まふゆ」
後ろの席から、ミカゲが静かに声をかけてきた。
振り返ると、彼はアリスを窓際の席に座らせ、自分は通路側に腰を下ろしている。
「今回のこと、俺の判断が甘かった。あんたを危険に晒した」
「そ、そんなことない!ミカゲがいてくれへんかったら、うちは……アリスさんも……」
ミカゲはまふゆの言葉を遮るように、静かに首を振った。
「結果的に、あんたとアリスに無理をさせた。……二度と、あんな思いはさせない」
その声は、後悔と、そして鉄のように硬い決意に満ちていた。
まふゆが何か言葉を返そうとする前に、バスがゆっくりと動き出す。
窓の外で、見慣れた宿舎やきらめく海が、少しずつ遠ざかっていく。
アリスは、窓に顔を近づけて、流れていく景色を名残惜しそうに見つめていた。
(色々なことがあったけど……みんな無事で、ほんまによかった)
まふゆは、仲間たちの穏やかな寝息が聞こえ始めた車内で、そっと目を閉じた。
失いかけたからこそわかる、日常の温かさ。
この絆を、この穏やかな日々を、今度こそ守り抜こう。
そう心に誓いながら、まふゆもまた、心地よい揺れに身を任せ、静かな眠りへと落ちていった。
第十九話・了




