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白の少女はこの世界に愛される  作者: 有氏ゆず
第十八話 はじめての臨海学校-後編-
231/237

18-14




アリスの瞳は、もはや恐怖に濡れてはいなかった。そこにあるのは、凍てつくような静寂と、底知れぬほどの深淵。


彼女は自らを庇い、限界を超えて戦うアルビノエルフの背中を、そしてその向こうで圧倒的な質量をもって存在する巨大な悪意を、ただ静かに見つめていた。


震えていた小さな手が、ゆっくりと動く。

その手は、いつかの昇級試験の時のように、ひとつの武器を握りしめていた。


──魔法銃。

まふゆが昇級祝いに贈ったスケッチブックよりも前から、アリスが唯一「自分のもの」として持っていた、黒鉄の銃。


彼女は、銃口をゆっくりと持ち上げる。

その狙いは、目の前の巨大な障壁でも、仲間たちでもない。


障壁の向こう側、深海棲艦の巨大な本体。その中心で、禍々しい魔力を放つ一点。


(まふゆが、壊れる)


その単純な事実が、彼女の思考の全てを支配した。


それだけは、あってはならない。

それだけは、許してはならない。


アリスは魔法銃を両手で強く握りしめ、その小さな体に、信じられないほどの量の魔力を集め始めた。




「──邪魔」


ゴウッ、と。

全ての音を呑み込むような、魔力の奔流が生まれた。


まふゆのすぐ背後で、アリスが構える魔法銃の先端に、光さえ喰らう漆黒の球体が形成されていく。


それはまるで、夜空に生まれた小さなブラックホール。水中の光も、音も、全てがその一点に吸い込まれていくようだった。


「アリス……さん……?」


まふゆのかすれた声は、もはや誰にも届かない。

アリスの薄青い瞳は、ただ冷徹に、障壁の向こうにいる巨大な敵の核を見据えている。


「あれは……なんだ……!?」


聖域の内側で、レオンハルトが愕然と目を見開く。アリスから放たれる魔力の奔流は、自分たちのそれとは次元が違った。


「危険すぎる……!あの魔力、アリスの体がもたない!」


セリウスが叫ぶ。その言葉通り、アリスの小さな体は魔力の奔流に耐えきれず、肌の至る所から血が滲み、ひび割れていく。

しかし、アリス自身は痛みすら感じていないかのように、ただ静かに、引き金に指をかけようとしていた。




その瞬間だった。


「──待て」


音もなくアリスの隣に現れたミカゲが、その小さな肩を掴んだ。

しかし、アリスは振り向かない。その視線は、ただ敵の核だけを捉えて離さない。


「その力を使えば、お前が壊れる」


ミカゲの言葉は、水の抵抗をものともせず、アリスの意識に直接届く。


それでも、アリスの意志は揺るがない。まふゆを救うためなら、自分がどうなろうと構わない。それが、彼女の中に生まれた最初の、そして唯一の願いだった。


アリスが引き金に力を込める。

それを見たミカゲは、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、遠い昔の誰かを思い出すかのように目を細めた。そして、彼は決断する。


ミカゲはアリスの肩を掴んだまま、彼女の耳元で静かに、しかしはっきりと告げた。




「──壊させはしない。あんたも、まふゆも」




その言葉と同時に、ミカゲは自分の空いている左の手のひらを、魔法銃の銃身にそっと重ねた。


「俺の魔力も使え。制御しろ」


ミカゲの体から、影と闇に親和した、冷たく研ぎ澄まされた魔力が流れ込む。それは、アリスの暴走する魔力の奔流とは正反対の、静かで制御された力。


二つの相反する魔力が、魔法銃の上で混じり合う。アリスの破壊的な魔力が、ミカゲの制御された魔力によって指向性を与えられ、一本の純粋な破壊の槍へと収束していく。




「今だ。──撃て」


ミカゲの号令。

アリスは、こくりと頷いた。

そして、小さな指が、静かに引き金を引いた。


放たれたのは、音すらなかった。

漆黒の光線が、聖域の亀裂を寸分違わず通り抜け、水という媒体の抵抗すら完全に無視して、深海棲艦の巨大な核へと突き刺さる。


時が、止まった。


巨大な鋏が動きを止め、禍々しい魔力の気配が霧散していく。

深海棲艦の巨大な体は、内側から光を放つと、まるで砂の城が崩れるように、音もなく塵となって海水に溶けて消えていった。




……後に残ったのは、静寂だけだった。


聖域が光の粒子となって消え、まふゆは糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。


「まふゆ!」


レオンハルトとセリウスが駆け寄り、意識を失った彼女の体を支える。


そして、アリスもまた、全ての力を使い果たし、ミカゲの腕の中で静かに気を失っていた。その小さな体は、ミカゲの魔力による保護がなければ、自らの力で塵と化していただろう。


ミカゲは気を失ったアリスを抱え、その顔に表情はなかったが、ただ静かに、崩れ落ちたまふゆの姿を見つめていた。


臨海学校の特別授業は、誰もが予想しえなかった形で、幕を閉じた。




第十八話・了




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