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食堂の片隅が、にわかに活気づいた。
皆の驚嘆をよそに、ミカゲは床に置いた巨大な魚のそばにしゃがみ込むと、懐から一本の小刀を取り出した。
それは彼が戦闘で使うものとは違う、刃渡りの短い、しかし鋭い光を放つ年代物のナイフだった。
「ちょ、ミカゲっち、ここで捌く気ぃ!?」
リリアが驚きの声を上げるが、ミカゲは意に介さない。彼はまるで芸術作品でも仕上げるかのように、静かに、そして正確に刃を魚の腹に入れていく。
その手つきは驚くほど滑らかで、一切の無駄がない。硬い鱗を器用に剥がし、分厚い身を骨から切り離していく様は、もはや職人芸の域に達していた。
血の匂いがふわりと立ち上るが、それすらも新鮮さの証左に感じられる。
「すごいな、ミカゲの奴。あんなことまでできるのか」
レオンハルトが感心したように腕を組む。その隣で、セリウスも目を見張りながら呟いた。
「彼の経歴は謎に包まれているけれど……ただの暗殺者ではないようだね」
ミカゲは黙々と作業を続け、あっという間に巨大な魚を美しい切り身へと変えていく。
虹色に輝いていた鱗は綺麗に取り除かれ、淡い桜色の身が露わになった。
まふゆは、その見事な手際にただただ感嘆するばかりだった。
「すごいなあ、ミカゲ……なんでもできるんやね」
まふゆがぽつりと呟くと、ミカゲの手がほんの一瞬だけ止まる。彼は顔を上げず、ただ作業を続けながら低い声で答えた。
「……生きるために、覚えただけだ」
その言葉には、彼の生きてきた壮絶な過去が垣間見えるようだった。普段、決して語られることのない彼の背景に触れた気がして、まふゆは少しだけ胸が詰まる。
しかし、その感傷的な空気を打ち破ったのは、アリスの期待に満ちた声だった。
「……まふゆ、お腹すいた」
「ふふっ、そうやな。もうすぐやから、待っててな」
まふゆがアリスの頭を撫でていると、捌き終えたミカゲが立ち上がり、食堂の厨房へと向かっていく。どうやら調理場を借りる許可を得たらしい。
しばらくして、食堂中に香ばしい匂いが立ち込め始めた。塩を振ってシンプルに焼かれた魚の匂いが、皆の食欲を強烈に刺激する。
やがて、大皿に山と盛られた焼き魚の切り身がテーブルに運ばれてきた。
こんがりと焼き目のついた表面と、ほかほかと湯気の立つ真っ白な身。
「うわー! おいしそう!」
「これは……とんでもないご馳走だな」
全員が目を輝かせる中、まふゆは一番に、アリスの取り皿へほぐした身を乗せてあげた。
「アリスさん、熱いから気をつけてな。自分たちで釣ったお魚やで」
「……うん」
アリスは小さなフォークで、おそるおそる魚を口に運ぶ。そして、その薄青い瞳をぱっと見開いた。
「……おいしい」
その一言と、満面の笑み。
それだけで、この上ないご馳走になった。
まふゆはミカゲの方を見て、にこりと微笑む。
「ミカゲ、ほんまにありがとう。最高の昼食やわ」
ミカゲは相変わらず無表情で自分の分の魚を口に運んでいたが、その口元がほんのわずかに、本当に微かに緩んだ。
夏の太陽の下、七人の賑やかな笑い声が、特別な昼食の時間を彩っていく。




