17-10
夜の静寂が、まるで優しい毛布のように三人をつつみこんでいた。
波の音は、眠ってしまったアリスのための子守唄のようだ。
まふゆの肩に、そしてミカゲの腕に、アリスの小さな重みと健やかな寝息だけが感じられる。
(……そろそろ、戻らんと風邪ひいてしまうかもしれへんね……)
夜風が少しだけ肌寒く感じられるようになり、まふゆは名残惜しさを感じながらも、そっと体を動かそうとした。
その時、それまで黙ってアリスの重みを受け止めていたミカゲが、静かに口を開いた。
「……貸せ」
「え?」
短い一言。まふゆが聞き返すと、ミカゲはアリスを掴んでいるまふゆの腕に、そっと自分の手を重ねた。
ひやりとした彼の指先が、まふゆの火照った肌に触れる。
「俺が運ぶ」
「で、でも……!」
まふゆが躊躇するより早く、ミカゲは驚くほど静かで滑らかな動作でアリスを自分の腕の中へと移した。まるで人形でも扱うかのように、その所作に一切の乱れがない。
アリスは一瞬身じろいだが、すぐにミカゲの腕の中で再び安らかな寝息を立て始めた。
軽々とアリスを横抱きにしたミカゲは、ゆっくりと立ち上がる。
黒い浴衣姿の彼が、小さな少女を抱いて佇む姿は、まるで一枚の絵画のようだった。暗闇の中、その光景はどこか幻想的にまふゆの目に映る。
「……行くぞ」
ミカゲはまふゆを振り返り、短く告げる。
その声に促され、まふゆも砂を払って立ち上がった。
「う、うん。ありがとう、ミカゲ。助かるわ」
「……別に」
いつもの素っ気ない返事。
けれど、その横顔はほんの少しだけ、和らいで見えた。
二人は並んで、静まり返った浜辺を後にする。ミカゲの腕の中のアリスが、時折幸せそうに寝返りをうつ。
ランタンの明かりが灯る保養施設の建物へと続く小道を、三つの影がゆっくりと進んでいく。
波の音と、虫の音が遠ざかり、代わりに建物の喧騒が微かに聞こえてきた。
臨海学校の、忘れられない夜が、静かに更けていく。
第十七話・了




