17-8
穏やかな時間が、夜の浜辺を支配していた。
肩にかかるアリスの重みと、すぐそばで聞こえる健やかな寝息が、まふゆの心を安らぎで満たしていく。
このまま部屋に戻るまで、この静かなひとときを味わっていたい。
まふゆがそう思っていた、その時だった。
「ん……」
肩にもたれていたアリスが、小さく身じろぎをした。どうやら目を覚ましたらしい。
「アリスさん、起きたん?寒くなってきたし、そろそろ部屋に戻ろか」
まふゆが優しく声をかけ、体を少し起こそうとした。
しかし、アリスは起き上がる気配を見せない。それどころか、まふゆの体にぐい、ぐい、と体重をかけてきた。
「え……?アリスさん、どないしたん?」
まふゆは戸惑う。その力はアリスの小さな体からは想像できないほど強く、まふゆの体はなすすべもなく、じりじりと横にずれていく。
その先には──黒い浴衣姿のミカゲが座っている。
「ちょ、アリスさんっ!?」
まふゆの体が、ミカゲの肩にこつんとぶつかった。
硬質な筋肉の感触と、彼から香る、湯上りの石鹸と潮風が混じった清潔な匂いがふわりと鼻をかすめる。
「……!」
突然の接触に、ミカゲの肩が硬直するのが分かった。彼もまた、この予期せぬ事態に驚いているようだ。
まふゆは顔に一気に熱が集まるのを感じ、慌てて離れようとする。
「ご、ごめんな、ミカゲ! アリスさんが急に……!」
だが、アリスからの圧力は止まらない。
まるで「もっとくっつけ」とでも言うように、まふゆを押し続けている。
「……」
ミカゲは何も言わない。ただ、触れた肩から伝わる彼の体温が、浴衣越しにじんわりとまふゆに伝わってくる。
その熱が、まふゆの心臓をさらに速く鼓動させた。
「あ、アリスさん、ほんまに、もうええから……!」
まふゆが小声で懇願すると、アリスはふと力を抜き、まふゆとミカゲの間に自分の体をするりと滑り込ませた。
そして、まるで最初からそうしたかったのだというかのように、まふゆの左腕とミカゲの右腕をぎゅっと掴み、満足げにそこに収まる。
「…………」
「…………」
突然、間に挟まれる形になったまふゆとミカゲは、言葉を失った。
アリスは、二人の腕を掴んだまま、再びすうすうと安らかな寝息を立て始める。その無防備な寝顔は、まるで何も企んでいない純真な子供そのものだった。
(な、なんやったん……今の……?)
まふゆは、自分の心臓がまだどきどきと音を立てているのを感じながら、隣のミカゲを恐る恐る窺う。
暗くて表情はよく見えない。けれど、彼が戸惑っていることだけは、その硬直した空気感から痛いほど伝わってきた。
夜の波音だけが、気まずいような、でもどこか温かい沈黙を包み込んでいた。




