17-7
夜の静寂を、寄せては返す波音だけが優しく撫でていく。
星々の光は水面に揺らめき、まるで空と海が一つに溶け合ったかのようだ。
まふゆは隣のアリスが、こくりこくりと舟を漕ぎ始めているのに気づき、自分の肩にそっとその頭をもたれさせてやった。
静かな時間が心地よかったが、ずっと気になっていたことを、まふゆは隣の黒い影に向かって問いかけた。
「……ミカゲは、まだアリスさんのこと、警戒してるん?」
その声は夜の空気に溶けるように、とても静かだった。
ミカゲは空を見上げたまま、すぐには答えなかった。彼の視線の先には、一つの星座が強く輝いている。
しばしの沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。
「……警戒、か」
その声は、いつもより少しだけ低い。
「あんたがどう思うかは知らんが、俺はあいつが何者でも構わん」
「え……?」
意外な言葉に、まふゆはミカゲの方へと顔を向けた。暗がりの中、彼の横顔のシルエットがおぼろげに浮かび上がる。
「あいつが、あんたを傷つけないと確信できるならな」
それは、肯定でも否定でもない、ミカゲらしい極めて合理的な答えだった。
彼はアリス個人を警戒しているのではない。アリスという存在が、まふゆにとっての脅威になり得る可能性を、ただ冷静に観察しているだけなのだ。
その根底にあるのは、まふゆの身の安全が何よりも優先されるという、彼の中の揺るぎない一つの事実。
「……そっか」
まふゆは、その不器用で真っ直ぐな気遣いが、少しおかしくて、そして何よりも嬉しかった。
ミカゲは、いつだってこうだ。言葉は足りないし、態度は素っ気ない。
けれど、その行動や視線の先には、いつも静かで、けれど確かな思いが込められている。
「うちを傷つけることなんて、あらへんよ。アリスさんは、優しい子やもん」
まふゆは、肩に寄りかかるアリスの柔らかな髪をそっと撫でながら言った。
「……だといいがな」
ミカゲはそれ以上何も言わず、再び沈黙が訪れる。
でも、さっきまでの沈黙とは少し違う、温かい空気が三人の間に流れていた。
まふゆは、ミカゲがアリスの浴衣姿を褒めた時のことを思い出していた。
あれはきっと、ミカゲなりの歩み寄りだったのかもしれない。まふゆが大切にしているから、その存在を少しだけ認めようとしてくれたのではないか。
(うちが信じてるから、ミカゲも信じようとしてくれてるんかな……)
そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
まふゆは夜空を見上げ、満天の星にそっと微笑みかけた。この穏やかな夜が、もう少しだけ続けばいいと、心の底から願った。




