17-2
一方その頃、壁一枚を隔てた男子風呂でも、三人の男たちが同じように温泉に浸かっていた。
女子風呂ほどの華やかさはないが、こちらも広々とした岩風呂で、湯けむりが立ち上っている。
「はぁ〜……生き返るな……」
レオンハルトが気持ちよさそうに息を吐きながら、岩に背中を預けて手足を伸ばす。
歴戦の王子といえど、今日の戦いは骨が折れたのだろう。
「全くだ。戦闘の後の温泉は格別だね」
隣でセリウスも同意し、長い指で濡れた白銀の髪をかき上げた。
ミカゲは二人から少し離れた隅で、静かに湯に浸かっている。その表情は湯気で窺えないが、いつもよりは纏う空気が和らいでいるように見えた。
穏やかな静寂が流れる。男同士、特に語り合うこともなく、ただ湯の心地よさに身を委ねる時間。
しかし、その静寂は、壁の向こうから微かに聞こえてくる賑やかな声によって破られた。
『ねえ、まふゆんのその……すごいよね』
『え?』
リリアの屈託のない声が、意外なほどはっきりと響いてきた。
「ん?」
レオンハルトがぴくりと眉を動かす。セリウスも何事かと耳を澄ませた。
男子風呂と女子風呂を隔てる壁は、思ったよりも音を通すらしい。
『う、うちの……胸のこと?』
『うん!たわわって言うか、なんかこう……すごい!芸術的!』
まふゆの戸惑う声と、リリアの無邪気な絶賛。その生々しい会話の内容に、レオンハルトとセリウスは思わず固まった。
「ぶっ!?」
レオンハルトが盛大に湯を噴き出し、顔を真っ赤にしてむせる。
セリウスも冷静さを保とうと努めているが、その耳はほんのりと赤く染まっていた。
脳裏に、白いビキニからこぼれんばかりだった、まふゆの豊かな胸が鮮明に再生される。
(げ、芸術的……っ!た、確かに……!)
レオンハルトは心の中で激しく同意しながら、平静を装って咳払いをした。
(リリアも、なんてことを……!でも、的確な表現ではある……いや、何を考えているんだ僕は……!)
セリウスは自分を戒めるように、ぱしゃりと顔に湯をかけた。
『……なんか、親子みたいだしー』
『なっ……!親子て!うち、まだそんな歳ちゃうわ!』
さらに聞こえてくる会話に、二人の緊張は少しだけ緩む。まふゆとアリスの微笑ましいやり取りが目に浮かぶようだ。
「……ははっ、聞こえちまってるな」
レオンハルトが照れ隠しに笑う。
「……あまり、聞くべきじゃないんだろうけどね」
セリウスも苦笑を浮かべる。
そんな二人を尻目に、ミカゲは全く動じていなかった。
いや、その黒曜石のような瞳は、壁の向こう──まふゆの声がする一点を、じっと見つめている。
彼の聴力は常人より遥かに鋭い。おそらく、息遣いまで聞こえているのかもしれない。
『……まふゆ、おっきい』
『アリスさんまで……!?』
『……あったかい』
アリスの素直な言葉が聞こえた瞬間。
それまで微動だにしなかったミカゲの肩が、ほんのわずかに動いた。
その視線は、もはや壁など存在しないかのように、その先の光景を捉えているかのようだった。
彼の脳裏に浮かぶのは、自分以外の誰かに無防備に甘える、あの白いアルビノエルフの姿。
「…………」
ミカゲは静かに立ち上がると、無言のまま湯船から上がり、洗い場の方へと歩いて行ってしまった。
その背中が何を思っているのか、レオンハルトとセリウスには知る由もなかった。
「……なんだ? もう上がんのか?」
「……さあ?」
残された王子二人は顔を見合わせ、再び壁の向こうから聞こえてくる楽しげな声に、知らず知らずのうちに耳を傾けてしまうのだった。




