17-1
夕暮れの光が差し込む長い廊下を抜け、一行は男女それぞれの浴場へとたどり着いた。
古風ながらも手入れの行き届いた暖簾をくぐると、そこは檜の香りが満ちる広々とした脱衣所だった。
「うわぁ、広いなあ!それにええ匂いがする!」
まふゆは感嘆の声を上げながら、きょろきょろと辺りを見回す。清潔な脱衣籠が並び、大きな鏡が壁一面に張られている。
「ここ、天然温泉なんだってー!美肌効果もあるらしいよ!」
リリアがどこで仕入れたのか、そんな情報を得意げに話しながら、手早く服を脱ぎ始める。
「へぇ、温泉!そら楽しみやわあ」
まふゆも籠にタオルを置くと、砂でじゃりじゃりになった服を脱ぎ始めた。白磁のような肌があらわになり、その下には形の良い、たわわな双丘が姿を見せる。
アリスはそんなまふゆの隣で、少し戸惑いながらも、もそもそと服を脱いでいく。彼女にとって、誰かと一緒にお風呂に入るという経験もまた、初めてのことだった。
「……シャノンは先に入ってるのかな?」
シャノンの姿が見えないことにリリアが気づく。
「ほんまやな。よっぽど水から上がりたかったんやろか」
まふゆが苦笑しながら言う。
「じゃあ、あたしたちも行こっか!」
「うん!」
「……うん」
リリアとまふゆ、そしてアリスは、それぞれタオルで前を隠しながら、湯気の立ち上る浴場へと足を踏み入れた。
「うわーーーーっ!」
目に飛び込んできた光景に、まふゆは思わず大きな声を上げた。
内湯は岩風呂になっており、窓の外には手入れの行き届いた日本庭園が広がっている。湯船からは絶え間なく湯が溢れ出し、心地よい水音を立てていた。
「すごい……!学園の保養施設って、こんなに豪華なんや……」
「ほんとだねー!お城のお風呂みたい!」
リリアとはしゃぎながら、まずはかけ湯で体の砂を丁寧に洗い流す。アリスもまふゆの真似をして、小さな体にお湯をかけていた。
その時、洗い場の隅で、小さな背中が黙々と体を洗っているのが見えた。
「あ、シャノンや。やっぱり先に来てたんやな」
「ほんとだ。シャノちゃーん!」
リリアが声をかけると、シャノンの肩がぴくりと震えた。彼女はゆっくりと振り返る。その顔は少し赤く、湯気でほんのり上気していた。
「……なによ。騒々しいわね」
ぶっきらぼうに言うが、その声にはいつもの刺々しさがない。先に温泉を満喫していたせいか、どこかリラックスしているように見えた。
「シャノンも一緒に入ろ?広いし、気持ちええで」
まふゆが誘うと、シャノンはそっぽを向きながらも、洗い終えたのかゆっくりと立ち上がる。
四人が連れ立って、広い岩風呂へと足を進める。
つま先からゆっくりと湯に体を沈めると、熱いお湯がじわりと全身に広がっていく。
「はあ〜〜〜……極楽やあ……」
まふゆは思わず声に出して呟いた。昼間の疲れや筋肉の張りが、じんわりと溶けていくようだ。海水のべたつきも綺麗に洗い流され、肌がすべすべになっていくのを感じる。
「ほんと、気持ちい〜……」
リリアも隣でうっとりと目を閉じる。
アリスは、初めての温泉の熱さに少し驚いたように体を強張らせていたが、まふゆが隣で優しく背中を支えてやると、やがてこわばりが解け、安心したように息をついた。
しばらく、四人は無言で湯を楽しんだ。聞こえるのは、湯が溢れる音と、時折吹く涼しい夜風の音だけ。
やがて、リリアがぽつりと口を開いた。
「ねえ、まふゆんのその……すごいよね」
「え?」
リリアの視線は、湯船に浸かってなお、豊かな存在感を主張するまふゆの胸に向けられていた。
「う、うちの……胸のこと?」
「うん!たわわって言うか、なんかこう……すごい!芸術的!」
「げ、芸術的て……そんな大げさなもんやないで」
まふゆは照れて両腕で胸を隠そうとするが、その豊かなボリュームは隠しきれるものではない。
シャノンも横目でちらりとそちらを見て、「……ほんと、邪魔そうね」と呟いた。
褒めているのか貶しているのか分からない物言いに、まふゆは苦笑するしかない。
そんな会話を聞きながら、アリスは不思議そうに自分の胸とまふゆの胸を交互に見比べていた。そして、お湯の中でそっとまふゆの腕に触れる。
「……まふゆ、おっきい」
「アリスさんまで……!?」
「……あったかい」
アリスはそう言うと、子猫が母猫に甘えるように、そっとまふゆの体に寄り添った。
湯の温かさとは違う、生命が持つ温もりが、触れた部分からじんわりと伝わってくる。
「アリスさん……」
まふゆは戸惑いながらも、その小さな体を拒むことはしなかった。むしろ、愛おしさが込み上げてくる。
そっと腕を回して、アリスの華奢な背中を優しく抱き寄せた。
「ふふっ、ほんまやな。あったかいな」
普段、感情をほとんど見せないアリスが、自分にだけ見せてくれる無防備な姿。
それがたまらなく嬉しくて、まふゆの心は温かいもので満たされていく。
「……なんか、親子みたいだしー」
リリアがその光景を見て、くすくすと笑った。
「なっ……!親子て!うち、まだそんな歳ちゃうわ!」
「でも、まふゆんって面倒見いいし、お母さんみたいだもん」
「むー……」
まふゆは唇を尖らせるが、腕の中のアリスは心地よさそうに目を細めている。
その姿を見てしまっては、強く反論することもできなかった。
「……子供はあんたたちでしょ」
湯船の隅で腕を組んでいたシャノンが、呆れたように呟く。その言葉にはいつもの棘がなく、どこか穏やかな響きがあった。
湯けむりの向こうで、夕日が最後の輝きを放っている。
少女たちの笑い声と、心地よい湯の音が混じり合い、優しい時間が流れていく。
戦いの緊張から解き放たれ、ただの学友として過ごす穏やかなひととき。それは、これから始まる夜の宴への、心地よい序曲のようだった。




