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「みんな、下がってて!」
まふゆは恐怖に震えるアリスの肩を一度だけ強く抱き、そして決然と前へ出た。
彼女の背中が、小さなアリスを守るための盾となる。
これはゲームなんかじゃないかもしれない。けれど、仲間が目の前で傷つけられようとしている。それだけで、まふゆが戦う理由は十分だった。
「攻撃力増強魔法!魔力増強魔法!防護魔法!」
まふゆは両手を前へと突き出し、一際強く叫んだ。
その声に応えるように、彼女のアルビノエルフとしての純粋な魔力が溢れ出す。
詠唱が完了すると同時に、まふゆの掌から三色の光が迸った。
力強さを象徴する真紅の光は、魔物の攻撃を防ぐミカゲと、剣を抜いたレオンハルト、爪で攻撃するシャノンへ。
知性を象徴する瑠璃色の光は、杖を構えるセリウスと、薬の入ったポーチに手をかけたリリアへ。
そして、守護を象徴する黄金色の光は、その場にいる全員を包み込むように広がり、見えない障壁を形成した。
まふゆの得意とする、三種の支援白魔術の同時行使。
光を浴びた仲間たちの身体に、力がみなぎるのがわかった。
「……!」
紅の光を受けたミカゲの筋力が瞬時に増強され、魔物の巨大なハサミを力強く押し返す。
その一瞬の隙を突き、レオンハルトとシャノンが側面から魔物の脚部へと鋭い斬撃を叩き込んだ。
「よし、効いてるぞ!」
「このまま押し切るわよ!」
手応えを感じたレオンハルトとシャノンが叫ぶ。
まふゆの支援魔法は、どんな種族にも最高の効果を発揮する。絶望的な戦力差を埋める、希望の光だった。
「ナイス! いっくよー!!」
瑠璃の光に魔力を増幅されたリリアが、後方の仲間たちに指示を飛ばしながら、懐から調合したばかりの痺れ薬の小瓶を取り出す。
最前線で魔物と対峙する者、後方から援護する者。
まふゆの魔法を起点として、即席のパーティは瞬時にその役割を確立し、反撃を開始した。
一方、壇上でマイクを握りしめたまま、ローゼリアは目の前で起きている戦闘に唇を噛んだ。
彼女のサキュバスとしての本能が、あの魔物から発せられる瘴気がただ事ではないと警告している。
宝探しゲームの小道具である宝箱に、あんな凶悪な魔物が仕込まれているなど、全く知らされていなかった。
これは明白な異常事態であり、教師として即座に介入し、生徒たちの安全を確保しなければならない。
(どうする……!?今すぐ救援要請を……!)
ローゼリアが他の教師に合図を送ろうと振り返りかけた、その時だった。
砂浜に響いたのは、意外にもパニックによる悲鳴ではなく、興奮と応援の声だった。
「すっげー!あれがEランクの実力かよ!」
「レオンハルト様がんばれー!」
「あの白髪の子の支援魔法、やばくない!?」
他の生徒たちは、誰一人として本当の危機だとは認識していない。
それどころか、まふゆが咄嗟に叫んだ「これも授業の一環」という言葉を信じ込み、これを最高にエキサイティングなサプライズイベントだと捉えていた。その瞳は恐怖ではなく、憧れと興奮にきらめいている。
(……この子たち、勘違いしてる……!)
ローゼリアは思考を巡らせる。今ここで自分が介入すれば、パニックは避けられない。
数百人の生徒が一斉に逃げ出せば、将棋倒しなどの二次被害が発生する可能性すらある。
幸いにも、戦闘の中心にいるのは学園でもトップクラスの実力を持つレオンハルトのグループだ。
まふゆの的確な支援魔法、ミカゲの超人的な戦闘技術、そしてレオンハルトとセリウスの連携。彼らならば、あるいは……。
ローゼリアは一瞬の逡巡の後、決断した。
彼女は再びマイクを握り直し、その表情から一切の動揺を消し去る。
そして、サキュバスならではの蠱惑的な笑みを浮かべ、朗々と声を張り上げた。
「みんな、見てちょうだい!これこそが、王立特異能力者統合学園の特別授業よ!第一チームが、見事な連携で魔物に立ち向かっているわ!さあ、みんなで応援しましょう!」
彼女の言葉が、生徒たちの熱狂をさらに煽る。
「「「うおおおおおお!!」」」
地鳴りのような歓声が、レオンハルトたちの背中を後押しする。
ローゼリアは、完璧な笑顔を保ったまま、壇上の陰でそっと通信用の魔道具を起動させた。
(ガレオス先生、ガンツ先生、聞こえる?至急、腕利きの教師数名を第三ビーチへ。……ええ、表向きは『授業の監視』として。静かにお願いするわ)
教師としての責任と、生徒たちを信じる心。
その二つの間で、ローゼリアは最善の選択をした。今はただ、彼らの勝利を祈るしかない。
夏の太陽の下、異様な熱気に包まれた授業は、誰にも止められることなく続いていく。




