16-3
魔法バスが空から地上へと緩やかに降下し、目的地である海辺の保養施設に到着した。
扉が開き、生徒たちが次々と降りてくる。むわりとした熱気と共に、これまで学園では感じたことのない、独特の匂いが鼻をくすぐった。塩を含んだ風の匂いだった。
施設の裏手はすぐに砂浜へと続いており、その先にはどこまでも広がる青の世界があった。
「うわぁ……!」
バスを降りた瞬間、目の前に広がる光景に、まふゆは息を呑んだ。
視界の果てまで続く、空を映したかのように青い水面。
白い波頭が太陽の光を浴びてきらきらと輝きながら、絶え間なく砂浜に打ち寄せては、ざあ、という心地よい音を立てて引いていく。
「海やーっ!!」
生まれて初めて見るその雄大な光景に、まふゆの心は一瞬で奪われた。気づけば、ボストンバッグを放り出し、砂浜へと駆け出していた。
隣で同じように目を丸くしていたアリスも、こくこくと頷きながら、まふゆの後をおぼつかない足取りで追う。
「すごい……!アリスさん、見て!全部お水なんやって!」
「……きれい」
まふゆが興奮気味に指さすと、アリスもこぼれるような声で呟いた。
彼女の薄青い瞳が、海の青を吸い込んで、いつもより深く澄んで見える。
二人は波打ち際に立ち、寄せては返す波の動きを、ただ夢中になって見つめていた。
その一方で、後からバスを降りてきたシャノンは、対照的な反応を見せていた。
「うっ……」
彼女は砂浜の手前でぴたりと足を止め、眉間に皺を寄せている。
楽しげな仲間たちとは裏腹に、その顔は明らかに引きつっていた。
猫の獣人である彼女にとって、目の前に広がる広大な水の塊は、本能的な警戒心を呼び起こす対象でしかない。
「なによ……ただ水がいっぱいあるだけじゃない……」
誰に言うともなく悪態をつきながらも、波が少しでも大きく音を立てると、びくりと肩を震わせる。
その尻尾は不安げに左右に揺れ、耳もぺたんと伏せられていた。
これから三日間、この水の塊と過ごさなければならないという現実に、シャノンは早くも憂鬱な気分になるのだった。
波打ち際でアリスとはしゃぐまふゆと、その後方で明らかに顔をこわばらせているシャノン。
その対照的な二人を見て、セリウスはくすくすと笑いを漏らした。
彼は自分の荷物を砂浜に置くと、腕を組みながらシャノンに近づいていく。
「そんなに水が苦手なのに、どうして参加したんだい、シャノン」
セリウスが楽しそうに、しかし少し意地悪な響きを込めて尋ねる。
その言葉に、シャノンはびくりと肩を揺らし、むっとした顔でセリウスを睨みつけた。
「なっ……!べ、別に苦手なんかじゃないわよ!ちょっと、日差しが強くて眩しいだけ!」
しっぽを逆立てて反論するが、その声は上ずっている。そんな彼女の強がりを、セリウスは面白そうに見つめていた。
波の音にはしゃいでいたまふゆも、二人のやり取りに気づいて振り返る。
「シャノン、やっぱり水、あかんのやね……」
心配そうに眉を寄せるまふゆ。プール授業の時もそうだった。きっと、彼女の本能が水を拒絶しているのだろう。
「べ、別に平気だって言ってるでしょ!それよりあんたたち、早く荷物置いて着替えてきなさいよ!いつまでそうしてるつもり!?」
シャノンは照れ隠しのように声を張り上げると、ぷいっとそっぽを向いて、さっさと保養施設の建物の方へ歩いて行ってしまった。
その後ろ姿が、逃げるように見えて、まふゆとセリウスは顔を見合わせて小さく笑った。
「ふふっ、素直じゃないんだから」
「ほんまやね。でも、きっとシャノンも楽しみなんやわ」
きっと彼女なりに、この三日間を皆と過ごしたいと思って、勇気を出して参加したのだろう。その不器用な気持ちが伝わってきて、まふゆの心は温かくなった。
「さて、と。俺たちも早く着替えてくるか。まふゆ、アリス。あんまりはしゃぎすぎて、濡れる前に風邪をひくなよ」
レオンハルトが二人の頭をくしゃり、と撫でる。
「うん!行こ、アリスさん!」
まふゆはアリスの手を引き、名残惜しそうにもう一度きらめく海を見つめてから、シャノンの後を追って建物へと向かうのだった。




