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「……うーん。うち、泳ぐん初めてやねんなあ」
まふゆは、きらきらと光を弾く広大な水面を前にして、少しだけ不安そうな声を漏らした。
この世界に来てから、水に全身を浸けるような機会は一度もなかった。未知の体験を前に、胸が小さく高鳴るのと同時に、戸惑いも感じていた。
「え、まふゆは初めてなのか?」
隣で聞いていたレオンハルトが、意外そうな顔で振り返る。
「うん。桜の国には、こないに大きな水たまりはなかったから……」
「水たまりって……。まあ、アルビノエルフはあまり外に出ないとも聞くしな」
そんなまふゆの言葉に、隣にいたアリスがぴくりと反応した。彼女もまた、まふゆの手を握ったまま、目の前に広がる青い世界を不思議そうに見つめている。
「……はじめて?」
「うん。アリスさんも、うちも、初めてやね」
まふゆが微笑みかけると、アリスは少しだけ安心したように、まふゆの手を握る力にこめた。
「ったく、別にいいじゃないのそんなの……」
腕を組んで壁際に寄りかかっていたシャノンが、やれやれと首を振る。水が苦手な彼女からすれば、泳げないことなど何の不思議もない、という顔だ。
「大丈夫だよ、まふゆ。水は怖くない。最初は少し驚くかもしれないけど、すぐに慣れるさ」
セリウスが優しい声でフォローする。彼の穏やかな言葉に、まふゆの不安が少しだけ和らいだ。
その時、プールサイドに教師の甲高い声が響き渡った。
「はいはーい、注目ー!準備運動始めますよー!」
立っていたのは、体育教師の一人である小柄なウサギ族の獣人の女性教師、ピョンだった。
彼女は元気よく号令をかけると、生徒たちをプールサイドに整列させる。
「えー、まずは各自のランクに応じてクラス分けをしまーす!Eランクはこちら!Fランクはあちら!Gランクは……あら、一人だけね。あなたは浅い方の幼児用プールで水慣れからねー!」
ピョンはアリスを指さして、屈託なく言った。
その言葉に、まふゆははっとする。ランク分けをされれば、アリスと離れ離れになってしまう。ただでさえ慣れない場所で、一人にさせるわけにはいかない。
「あの、先生!うち、アリスさんと一緒やないと……!」
まふゆが慌てて声を上げようとした、その時。
「待った」
それを制したのは、プールサイドに響く、低く落ち着いた声だった。
声の主は、少し離れた場所で腕を組んで立っていた魔科学教師のガンツだった。彼は今日の授業の補助監督として来ているらしい。
「アリス・リデルはGランクだが、潜在魔力は規格外だ。幼児用プールでは設備がもたない可能性がある。それに、あの水着ではそもそも泳げんだろう」
ガンツはアリスのフリルだらけの水着をちらりと見て、冷静に分析する。
「彼女は水鏡まふゆとペアで行動させろ。水鏡は最上級の白魔術師。万が一、アリスの魔力が暴走しても、対処できる可能性が一番高い」
ガンツの言葉に、ピョンは「え、ええ……ガンツ先生がそうおっしゃるなら……」と戸惑いながらも頷いた。
「よかった……」
まふゆは安堵のため息を漏らす。
「ガンツ先生、ありがとうございます」
頭を下げると、ガンツは「合理的な判断をしたまでだ」とだけ返し、興味を失ったようにそっぽを向いた。
「そういうわけだから、まふゆん!アリリンのこと、よろしくねー!」
近くにいたリリアが、自分のことのように喜んでにこりと笑う。
こうして、まふゆとアリスは二人一組で、初めてのプール授業に臨むことになった。まふゆはアリスの手をもう一度しっかりと握り直し、覚悟を決めて水際へと一歩、足を踏み出した。




