13-14
「ふえっ!?うちと!?」
アリスから放たれた、あまりにも純粋で、あまりにもまっすぐな言葉に、まふゆは素っ頓狂な声を上げた。
菫色の瞳を大きく見開き、信じられないといった表情でアリスを見つめ返す。
「あなたと、いっしょにいたい」
アリスはもう一度、同じ言葉を繰り返した。その瞳には、先ほどまでのか細い光とは違う、明確な「意思」が宿っているように見えた。
今日一日、無表情と無関心を貫いてきた少女が、初めて見せた明確な欲求。
それが、自分に向けられたという事実に、まふゆの心臓は大きく跳ねた。
「なっ……!?」
「おいおい、どういうことだ……」
背後で見守っていたレオンハルトとセリウスも、驚きを隠せない様子で顔を見合わせる。
ミカゲは腕を組んだまま黙しているが、その眉間には深い皺が刻まれていた。
「え、えっと……うちと一緒って……どういう……?」
混乱する頭で、まふゆはなんとか言葉を紡ぐ。
アリスは、まふゆの問いには答えなかった。その代わり、小さな白い手を伸ばし、まふゆの装束の裾をぎゅっと、壊れ物を扱うように掴んだ。まるで、離されたくないと訴える幼子のように。
「……あなたといると、ここが、へんな感じ」
そう言って、アリスは自分の胸に手を当てた。
「あったかい、みたいな……。よくわからないけど、いやじゃない」
その拙い言葉に、まふゆははっと息を呑んだ。
感情を知らない彼女が、自分と一緒にいることで、何かを感じ始めている。
それが「寂しくない」という感覚なのか、「安心」という感情なのかは分からない。けれど、彼女の中で何かが芽生え始めていることだけは、確かだった。
その瞬間、まふゆの中で迷いは消えた。
危険かもしれない。厄介事になるかもしれない。ミカゲの言う通りかもしれない。
でも、助けを求めるように裾を掴むこの小さな手を、振り払うことなんてできっこなかった。
「……わかった、うちでよければ」
まふゆは覚悟を決め、優しく微笑みながらアリスの手をそっと握り返した。
「おい、まふゆ!本気か!?」
レオンハルトが慌てて割って入る。
「帰る場所がないと言っても、まずは教師に報告するのが筋だろう。お前一人で抱え込む問題じゃない!」
「兄さんの言う通りだ、まふゆ。彼女の存在はあまりに特殊すぎる。君の善意が、君自身を危険に晒すことになりかねない」
セリウスもまた、真剣な眼差しで説得を試みる。
二人の言うことは、紛れもなく正論だった。
しかし、まふゆは静かに首を横に振る。
「ありがとう、二人とも。でも、この子をエドウィン先生には……ううん、どの先生にも、今は預けられへん。特に、あの力を見た後では……この子がどう扱われるか、わからへんから」
白檻会の存在。エドウィンの裏切り。そのすべてを知っている今、アリスを無防備に大人たちの手に委ねることは、あまりにも危険な賭けだった。
「……だったら、俺も付き合う」
沈黙を保っていたミカゲが、低い声で言った。
「え……?」
まふゆが驚いて振り返ると、ミカゲは忌々しげに顔を歪めながらも、はっきりと続けた。
「あんた一人に、この爆弾の面倒は見きれない。どうせ聞かないんだろ」
そのぶっきらぼうな言葉には、呆れと、そしてほんの少しの諦めが混じっていた。
ミカゲの予想外の申し出に、レオンハルトとセリウスも顔を見合わせる。
「ミカゲがそう言うなら……仕方ない。俺たちも協力する。だがまふゆ、無茶だけは絶対にしないでくれ」
「そうだね。僕たちもアリスのことを調べてみよう。何か分かるかもしれない」
仲間たちの温かい言葉に、まふゆの胸が熱くなる。一人じゃない。みんなが、一緒に背負ってくれる。
「みんな……おおきに」
まふゆは感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
こうして、謎の少女アリスの保護という、新たな問題がまふゆたちの日常に加わった。
誰もがまだ知らない。この小さな決断が、やがて学園全体を、そして彼ら自身の運命をも揺るがす、大きな嵐の始まりになるということを。
まふゆはアリスの手を優しく引き、仲間たちと共に、夕日に染まる教室を後にした。




