13-13
最後の授業の終わりを告げるベルが鳴り響くと、教室に満ちていた緊張感がようやく解けていく。
波乱に満ちた一日は、生徒たちの心身にずしりと重い疲労を残していた。
生徒たちは三々五々、帰宅の準備を始める。
今日の話題は、もちろん謎の転校生アリス・リデルのことで持ちきりだった。
畏怖、好奇心、そして少しの恐怖。様々な感情が入り混じった囁き声が、教室のあちこちから聞こえてくる。
「まったく、とんでもない一日だったな……」
レオンハルトは大きくため息をつきながら、椅子に深くもたれかかった。模擬戦での死闘が、彼の体力さえも削り取ったようだ。
「本当にね。まさか味方ごと攻撃してくるなんて、想定外にもほどがある」
セリウスも疲れたようにこめかみを押さえ、同意する。
そんな中、まふゆは自分の席でじっと動けずにいた。視線の先には、一人で席に座っているアリスの姿がある。
彼女は、周りの喧騒など一切意に介さず、ただぼんやりと窓の外を眺めていた。
その小さな背中は、昼休み以上に孤立して見えた。戦闘訓練での一件で、彼女に近づこうとする生徒はもう誰もいない。
(このまま、一人で帰してしもても、ええんやろか……)
まふゆの胸に、ちりちりとした痛みが走る。あの無軌道な力は確かに危険だ。
けれど、彼女自身はまるで、自分が何をしたのか分かっていないようだった。
あの無垢な瞳を見ていると、どうしても突き放すことができない。
「……まふゆ?」
心配そうなセリウスの声に、まふゆははっと我に返った。
「あ、ううん。なんでもないんよ」
力なく微笑んでみせるが、その視線は再びアリスへと吸い寄せられる。
「……あいつのことを気にしているのか」
背後から、低い声がかかった。ミカゲだ。彼はいつの間にか立ち上がり、まふゆの席の横に立っていた。
その黒い瞳には、訓練の時のような険しさはなかったが、冷たい光が宿っている。
「関わるな。あれは俺たちとは違う。厄介事しか生まない」
それは、まふゆを気遣っての言葉なのだろう。けれど、その突き放すような物言いに、まふゆは小さく首を横に振った。
「うち、やっぱり放ってはおかれへん。あの子、本当に何も知らんみたいやし……。それに、一人でいるの、きっと寂しいと思うから」
そう言うと、まふゆは意を決して席を立った。
レオンハルトとセリウスが何か言いたげな顔をしたが、まふゆの決意を察してか、黙って見守っている。ミカゲは小さく舌打ちをしたが、それ以上は何も言わなかった。
まふゆはアリスの席まで歩いていくと、ゆっくりと屈んで視線を合わせた。
「アリスさん。もう授業は終わりやで。おうちに帰らへんと」
優しく語りかけると、アリスはゆっくりとまふゆの方を向いた。ガラス玉のような薄青い瞳が、まふゆの菫色の瞳をじっと映す。
「……うち?」
「うん、おうち。アリスさんが帰る場所のこと」
「……かえるばしょ」
アリスは、初めて聞く言葉を反芻するように呟いた。そして、しばらく考え込むように黙った後、こう言った。
「アリス、かえるばしょ、しらない」
その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも純粋で、だからこそまふゆの胸を強く締め付けた。
帰る場所が、ない?では、彼女はこれからどこへ行くというのだろう。
「そんな……。じゃあ、今日の夜はどこで……」
言葉を失うまふゆの背後で、話を聞いていたレオンハルトたちが息を呑むのが分かった。
アリスは、まふゆの問いには答えず、ただじっとまふゆを見つめ続けている。その瞳には、初めて感情らしきものが微かに揺らいで見えた。それは、迷子の子供が助けを求めるような、そんな心細い光だった。
「……ねえ」
アリスが、小さな声で言った。
「あなたと、いっしょにいたい」




