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食堂は昼時を迎えて多くの生徒でごった返していた。様々な種族の生徒たちの話し声や食器の音が混ざり合い、活気に満ちた喧騒が満ちている。
まふゆたちは、窓際の大きなテーブルを確保することができた。それぞれが好みの昼食をトレーに乗せて席に着く。
レオンハルトは山盛りの肉料理、セリウスはバランスの取れた定食、シャノンは魚料理、そしてミカゲはいつも通り、簡素な黒パンとスープだけだ。
「さあ、食うぞ食うぞ!午後の授業に備えないとな!」
レオンハルトが豪快に言い、早速ナイフとフォークを手に取る。
まふゆは、ふわりと湯気の立つクリームシチューのセットを自分の前に置きながら、隣の席に座ったアリスに視線を向けた。
アリスは、まふゆが「これがおすすめや」と渡した日替わりランチのトレーを、ただじっと見つめている。
スプーンもフォークも持たず、まるで目の前の料理が何なのか理解できない、とでも言うように。
「アリスさん、食べへんの?冷めてしまうで」
まふゆが心配そうに声をかけると、アリスはゆっくりと顔を上げた。
「……食べる、ってどうやるの?」
その言葉に、賑やかだったテーブルの空気が一瞬、凍りついた。
レオンハルトは口に運びかけていた肉を止め、セリウスは驚いたように目を瞬かせ、シャノンは「はぁ?」と呆れた声を漏らす。
ミカゲだけが、無表情にスープを啜っていたが、その視線は鋭くアリスに向けられていた。
「どうやるって……こうやって、スプーンで掬って口に運ぶんやけど……」
まふゆは戸惑いながらも、自分のシチューを掬って見せる。
アリスはまふゆの動きをじっと観察すると、おぼつかない手つきでスプーンを握った。
そして、ぎこちなくシチューを掬おうとするが、うまくできずにカチャン、とスプーンを皿に落としてしまう。シチューが小さく跳ねて、テーブルに染みを作った。
「……できない」
アリスはあっさりとそう言って、スプーンから手を離してしまった。その瞳には、悔しさも焦りも見られない。ただ、事実を告げているだけだった。
そのあまりにもちぐはぐな様子に、まふゆは胸がちくりと痛むのを感じた。
本当に、何も知らないのだ。まるで、生まれたばかりの雛のように。
(この子、今までどうやって生活してきたんやろ……)
「……仕方ないわね」
不意に、シャノンが立ち上がった。彼女はアリスの隣に回り込むと、新しいスプーンを手に取り、無言でシチューを掬う。
「口、開けなさい」
ぶっきらぼうなシャノンの声。アリスは言われるがまま、小さく口を開けた。シャノンは、どこかぎこちない手つきで、そっとその口にシチューを運んでやる。
アリスはこく、こくと数回咀嚼すると、小さな喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。
「……おいしい」
初めて、アリスの表情がわずかに動いた。ガラス玉のようだった瞳に、ほんの少しだけ光が灯る。
「……そ、そう。なら、さっさと全部食べなさいよ」
シャノンは顔を赤くしてぷいっとそっぽを向きながらも、もう一口、また一口と、シチューをアリスの口へと運び続ける。その光景は、まるで不器用な姉が妹の世話を焼いているかのようだった。
「へえ、シャノンもああいうことするんだな」
レオンハルトが感心したように呟き、セリウスは「素直じゃないけど、優しい子だからね」と穏やかに微笑む。
まふゆもまた、その光景に自然と笑みがこぼれた。
なんだかんだ言っても、シャノンは面倒見がいいのだ。彼女なりの、優しさの表現なのだろう。
まふゆは自分のシチューを口に運びながら、向かいの席に座るミカゲを見た。
彼はアリスとシャノンのやり取りを静かに見ていたが、その瞳の奥の色は読み取れない。ただ、彼がアリスという存在を、他の誰よりも強く警戒していることだけは、まふゆにも分かっていた。
異質で、謎だらけの転校生。
けれど、こうして一緒に食事をしていると、彼女もただの、少し不器用な女の子に見えてくる。
(少しずつでも、仲良くなれたらええな……)
まふゆは胸の中に芽生えた温かい気持ちと共に、甘いクリームシチューを味わった。
波乱含みの新しい日常が、こうして静かに始まろうとしていた。




