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その頃、まふゆたちが薬草学の基礎を学んでいる、まさに同じ時間。
第一訓練場では、熱気と闘気が渦巻いていた。
「次!レオンハルト・アルヴァレイン!セリウス・アルヴァレイン!前へ!」
ガレオスの野太い声が響き渡る。
指名された二人は、訓練場の中央へと進み出た。
「おいおい、いきなり兄弟対決かよ」
レオンハルトは楽しそうに口の端を吊り上げ、訓練用の長剣を肩に担ぐ。
「手加減はなしだぜ、セリウス」
「望むところだよ、兄さん」
セリウスも静かに訓練用の細剣を構える。その表情は普段の穏やかさとは違い、鋭い闘志に満ちていた。
「僕だって、いつまでも兄さんの後ろにいるだけじゃないってことを見せてあげる」
周囲で見学している生徒たちが、固唾を飲んで二人を見守る。片や隣国の第一王子、片や王家の血を引くハーフエルフ。注目を集めるなという方が無理な話だった。
少し離れた場所で、ミカゲが腕を組み、壁に寄りかかってその様子を静かに眺めている。彼の興味は、この兄弟喧嘩にはない。ただ、彼らの実力がどの程度のものかを見極めようとしているだけだ。
「始め!」
ガレオスの号令と共に、二人は同時に動いた。
先に仕掛けたのはレオンハルト。大地を強く踏みしめ、獣のような勢いでセリウスに斬りかかる。
「おおおおっ!」
気合と共に振り下ろされる長剣。その一撃は訓練用とはいえ、凄まじい威力を感じさせた。
しかし、セリウスは冷静だった。
「……遅い」
ひらりと半身になってレオンハルトの斬撃をかわすと、流れるような動きで懐に潜り込む。
細剣の切っ先が、兄の胴鎧の隙間を的確に捉えようとしていた。
「ちぃっ!」
レオンハルトは咄嗟に剣の柄でその一撃を弾く。
火花が散り、甲高い金属音が訓練場に響いた。
純粋なパワーと突進力のレオンハルト。
精密な技術と魔術を組み合わせたセリウス。
対照的な二人の戦いは、序盤から激しい火花を散らしていた。
「どうした兄さん、そんなものかい?これならまふゆにだって笑われる」
セリウスが挑発するように言う。
「うるせぇ!あいつの話を出すな!」
レオンハルトは顔を真っ赤にして、さらに猛烈な連撃を繰り出した。
そのやり取りを耳にしたミカゲは、誰にも聞こえない声で、ふっと息を吐くように呟いた。
「……どっちもどっちだ。ガキの喧嘩だな」
彼の興味は、すでにこの演習から離れ、今頃別の場所で授業を受けているであろう、一人のアルビノエルフの少女へと向かっていた。
(……変な奴に絡まれていなければいいが)
そんな、彼らしくもない懸念が、ほんの少しだけ心をよぎる。
……激しい剣戟の音が、訓練場に絶え間なく響き渡る。
レオンハルトの振るう長剣は、一撃一撃が重く、嵐のようだ。対するセリウスは、その猛攻を細剣一本で柳のように受け流し、的確なカウンターを狙っている。
「どうしたどうした!足が止まってるぞ、セリウス!」
レオンハルトが雄叫びを上げ、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
「力任せなだけじゃ、僕には当たらないよ、兄さん」
セリウスはバックステップでそれを回避すると、空いた左手をレオンハルトに向けた。
「……『ウィンド・カッター』!」
詠唱と共に、鋭い風の刃が数枚、レオンハルトを襲う。ハーフエルフである彼が得意とする、黒魔術の一つだ。
「くっ!」
レオンハルトはとっさに剣を盾にして風の刃を防ぐが、体勢がわずかに崩れる。
その一瞬の隙を、セリウスは見逃さなかった。
踏み込み、細剣の切っ先がレオンハルトの喉元、寸でのところでぴたりと止められる。
「……そこまで!」
ガレオス教官の声が響き、訓練場は静寂に包まれた。
「……勝者、セリウス・アルヴァレイン!」
その宣言に、周囲から「おお……」というどよめきが起こる。
レオンハルトは悔しそうに顔を歪めたが、やがてふっと息を吐くと、にかっと笑った。
「はっ……やるじゃねえか、セリウス。完敗だ」
彼は潔く負けを認め、弟に手を差し伸べる。
「……兄さんが油断しただけだよ」
セリウスは剣を収め、その手を握り返した。その表情には、勝利の喜びよりも、兄に勝ってしまったことへの複雑な感情が浮かんでいるように見えた。
「見事な試合だった!」
ガレオスが満足そうに頷く。
「レオンハルト!お前のパワーは一級品だ!だが、少し動きが直線的すぎる。セリウス!お前は技術も魔術の使い方もいい。だが、とどめの一撃にまだ迷いがある!兄弟だからと手心を加えるな!」
「「はい!」」
二人が力強く返事をすると、ガレオスは次の組を指名する。
兄弟対決の興奮冷めやらぬ中、演習は続いていく。
壁に寄りかかっていたミカゲは、静かにその場を離れた。
(……なるほどな)
二人の実力は、新入生としては上々。だが、それだけだ。
(あの程度の力で、本当に『あれ』からあいつを守れるのか……?)
彼の脳裏に浮かぶのは、教室で見た教師……エドウィン・ヴォルクシュタインの粘つくような瞳。
そして、その瞳に射抜かれていた、純白のアルビノエルフの姿だった。
ミカゲの纏う空気が、また一段と冷え込む。
彼の中で、レオンハルトとセリウスは「まふゆを守るための駒」として、値踏みされていたに過ぎなかった。




