13-1
修学旅行という大きなイベントが終わり、学園はまたいつもの日常を取り戻していた。
白檻会という巨大な敵の存在、教師エドウィンの裏切り。
重い真実を共有した六人の間には、以前よりもずっと強く、そしてどこか張り詰めたような絆が生まれていた。
季節は五月から六月へ。
梅雨の走りを思わせる曇り空の下、緑を増した木々の葉が湿った風に揺れている。
A組の教室は、一限目の授業開始を待つ生徒たちのざわめきで満ちていた。
まふゆは自分の席に着き、ぼんやりと窓の外を眺めていた。修学旅行の出来事が、まだ昨日のことのように思い出される。
楽しかったことも、怖かったことも、胸がきゅっと締め付けられるような甘酸っぱい記憶も、すべてが鮮やかに蘇る。
「おい、まふゆ。まだ寝ぼけてるのか?」
前の席から、レオンハルトが振り返って声をかけてきた。
「ううん、そないなことないよ、レオンハルト」
心配そうなレオンハルトの視線に、まふゆは小さく微笑んでみせる。
「おはよう、まふゆ」
隣の席では、セリウスが穏やかに微笑みかけてくる。
「おはよう、セリウス」
修学旅行の後、セリウスの表情からは以前のような翳りが少しだけ消え、落ち着きを取り戻していた。
そして、背後の気配。何も言わないけれど、すぐそこにミカゲがいる。そのことを意識するだけで、心臓が少しだけ速くなるのをまふゆは感じていた。
やがて、始業のベルが鳴り響き、教室の扉が開く。
入ってきたのは、担任教師であるエドウィンだった。
「おはよう、諸君」
いつもと変わらない、穏やかな笑顔。しかし、その裏に隠された邪悪な本性を知っているまふゆたちは、一瞬、身を強張らせた。
エドウィンは、そんな彼らの様子に気づく素振りも見せず、にこやかに教壇に立つ。
「今日は、君たちに新しい仲間を紹介するよ。さあ、入ってきてくれたまえ」
エドウィンの声に促され、一人の生徒が教室に入ってくる。
その瞬間、教室内のざわめきがぴたりと止んだ。
陽光を溶かしたような美しい金髪。陶器のように滑らかな白い肌。そして、人形のように整ってはいるが、どこか感情の読めない、大きな薄青色の瞳。
身長はシャノンよりもさらに低く、まるで年下の妹のようだ。
彼女は、ただそこに立っているだけで、現実から切り離されたような、不思議な雰囲気を纏っていた。
「アリス・リデル君だ。今日からこのA組で、君たちと共に学ぶことになる。……アリス君、一言挨拶を」
エドウィンに促され、アリスと呼ばれた少女は、ぼーっとした表情のまま、ゆっくりとクラスを見渡した。その視線には何の感情も宿っておらず、まるでガラス玉のようだ。
「……アリス・リデル」
短く、淡々とした自己紹介。それだけ言うと、彼女はこてん、と不思議そうに首を傾げた。
その非現実的なまでの可憐さと、掴みどころのないミステリアスな雰囲気に、クラスの誰もが息を呑んで彼女を見つめていた。
「席は……そうだな、ミカゲ君の後ろが空いているね。そこに」
エドウィンが指し示したのは、ミカゲの隣の席だった。
アリスは小さな足取りで、こつ、こつ、と無機質な足音を立てて歩いてくる。まふゆの横を通り過ぎる瞬間、ふわりと甘い、花のような香りがした。そして彼女は、ミカゲの隣の空席にすとんと座る。
ミカゲは一瞥もくれず、ただ静かに正面を向いている。アリスもまた、ミカゲの存在などないかのように、虚空を見つめていた。まるで対照的な二人が隣り合う光景は、奇妙なほど絵になっていた。
(綺麗な子……でも、なんだか不思議な感じがする……)
まふゆは胸の中で小さく呟く。彼女の纏う空気は、この学園にいるどの種族とも違う、異質なものに感じられた。
まるで、物語の中から抜け出してきたお姫様のようでありながら、その瞳の奥には何も映っていないような、そんなちぐはぐな印象を受ける。
エドウィンは何事もなかったかのように授業を始め、教室には彼の穏やかな声だけが響き渡る。
しかし、まふゆの意識は、背後で静かに座っているミステリアスな転校生へと、どうしても向いてしまうのだった。




