12-7
静かな井戸のそばで、まふゆとミカゲは並んで腰掛けていた。
心地よい風が吹き抜け、まふゆの白い髪を優しく揺らす。穏やかで、満ち足りた時間。
昨日までの不安や恐怖が、嘘のように遠くに感じられた。
「……よかったのか」
沈黙を破ったのは、ミカゲだった。
「へ……?」
「連れてきておいて何だが……レオンハルトたちと一緒の方が、楽しかったんじゃないのか」
ぽつりと呟かれた言葉に、まふゆは驚いてミカゲの顔を見上げた。彼は井戸の底でも覗き込むように、視線を下に落としている。その横顔はどこか不機嫌そうにも、寂しそうにも見えた。
「ううん、そんなことない。みんなといるのも楽しいけど、ミカゲと二人でこうしているのも……すごく、嬉しい」
「……」
「うち、ミカゲに、ちゃんとお礼が言いたかったから」
「礼……?」
ミカゲが訝しげに眉をひそめる。
「うん。昨日、助けてくれてありがとう。白檻会の人たちから、守ってくれて……。イースターの時も、そうやったね。ミカゲは、いつも……うちが一番怖い時に、助けてくれる」
まふゆが真っ直ぐな言葉を紡ぐと、ミカゲは少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせた。
「……別に。あんたを守るのは、当然だ」
「ふふ、そういうところ、ミカゲらしい」
冷たい口調に隠された優しさが伝わってきて、まふゆは小さく笑った。
そして、自分の手のひらを開いてみせる。そこには、先ほど買ったばかりの白い星のチャームが乗っていた。
「これ、うちのは、白」
「……ああ」
「ミカゲは、黒やったね」
「……」
ミカゲは答えず、ただ懐に手を入れる。彼もまた、あの黒い星を大事にしまっているのだろうか。そう思うと、胸が温かくなった。
「白と黒……正反対やね。まるで、うちとミカゲみたい」
「……」
「でも、こうして並んでると、なんだかお似合いな気もする。……なんて、うちが言うのも変かな?」
まふゆが少し照れながら言うと、ミカゲは初めて、ふ、と息だけで笑った。
そのほんの僅かな変化に、まふゆの胸がきゅんと高鳴る。
「……あんたが光なら、俺は影でいい」
「影……?」
「光が強ければ、影もまた濃くなる。どこまでも、あんたについていく」
それは、まるで愛の告白のような、静かで、けれど絶対的な誓いの言葉だった。
彼の言葉の意味を完全に理解できたわけではない。けれど、その底にある深い執着と愛情が、まふゆの心を強く揺さぶった。
「ミカゲ……」
言葉を失うまふゆの頬に、ミカゲの指先がそっと触れる。骨張っているけれど、ガラス細工の時と同じ、不器用で優しい手。
彼の黒い瞳が、すぐそこにある。吸い込まれそうな、深い闇の色。
まふゆは、目を逸らすことができなかった。
二人の間の空気が、甘く、そして少しだけ切ないものに変わっていく。
ミカゲの顔が、ゆっくりと近づいてきて──
──その時だった。
「おーい!そろそろ集合時間だぞー!」
遠くから、レオンハルトの大きな声が響いた。
はっとして我に返った二人は、まるで弾かれたように慌てて距離を取る。
まふゆの心臓は、破裂しそうなほど速く、そして激しく脈打っていた。
「……行くぞ」
ミカゲは何もなかったかのように立ち上がると、まふゆに手を差し出した。その耳は、ほんのりと赤く染まっている。
「う、うん……!」
まふゆも、顔から火が出そうなほど熱いのを感じながら、その手を取った。
井戸の広場を後にする二人。
繋がれた手は、どちらも少しだけ汗ばんでいた。
あとほんの数秒、レオンハルトの声が遅かったらどうなっていたのだろう。
そんな想像が頭をよぎり、まふゆはぶんぶんと首を振って、甘い痺れを振り払おうとした。




