11-8
「うわっ!」
「なんだ!?」
「目くらましか!」
濃密な白煙が、一瞬にして泉の周辺を覆い尽くす。
突然のことに、白檻会の男たちは完全に虚を突かれ、混乱の声を上げた。まふゆを捕らえようとしていた男も、思わず顔を覆って後ずさる。
「よくやった、まふゆ!」
煙の中からレオンハルトの賞賛の声が響く。好機と見た彼は、力任せの一撃で対峙していた男を弾き飛ばし、セリウスの救援に向かった。
「シャノン!」
「言われなくても!」
煙で敵の位置が曖昧になった今、シャノンの優れた聴覚と嗅覚が真価を発揮する。
彼女は目を閉じて神経を研ぎ澄まし、敵の気配を正確に捉えると、リリアを守りながら俊敏な動きで敵を翻弄し始めた。
そして、まふゆのすぐそばで。
白煙の中でも、ミカゲだけは一切の迷いを見せなかった。影人は、視覚だけに頼らない。音、空気の流れ、生命の気配……その全てで敵の位置を把握していた。
「……消えろ」
氷のように冷たい声が響いたかと思うと、ミカゲの姿が煙の中に溶けるように消えた。次の瞬間、男たちの背後や死角から、悲鳴ともつかない呻き声が次々と上がる。
黒い短刀が閃くたびに、一人、また一人と白檻会の男たちが地面に崩れ落ちていく。それはもはや戦闘ではなく、一方的な狩りだった。
「ひっ……ば、化け物……!」
煙が薄れ始めた頃には、立っている敵はほとんどいなかった。
レオンハルトとセリウスも敵を制圧し、シャノンも最後のひとりを蹴り倒したところだった。リリアは震えながらも、薬瓶を構えて仲間たちを援護していた。
最後に残ったリーダー格の男が、信じられないものを見る目でミカゲを睨みつけ、恐怖に顔を引きつらせながら後ずさる。
「な、何なんだお前は……!ただの学生じゃ……!」
「……言ったはずだ。こいつに触るな、と」
ミカゲはゆっくりと男に歩み寄る。その歩みには、一切の躊躇も慈悲もない。
男は完全に戦意を喪失し、武器を捨てて逃げ出そうとした。
しかし、その背中にミカゲの手刀が的確に叩き込まれ、男は声もなく地面に崩れ落ちた。
「…………」
静寂が戻った泉のほとりには、昏倒した男たちが転がっているだけだった。
ミカゲは短刀についた血を無造作に振り払うと、何事もなかったかのようにそれを懐にしまった。
「……まふゆ、怪我は」
振り返ったミカゲの黒曜石色の瞳は、先程までの殺気を消し去り、いつもの静かな光に戻っていた。
彼はまふゆの元に歩み寄ると、その体を上から下まで気遣わしげに見つめる。
「う、うん……うちは大丈夫……。ミカゲこそ、ありがとう……助けてくれて……」
「……あんたが無事でよかった」
その声は心からの安堵に満ちていて、まふゆの胸を温かくした。
しかし、安堵したのも束の間、レオンハルトが険しい表情でミカゲに詰め寄った。
「ミカゲ、説明しろ!白檻会はエルフの保護組織じゃなかったのか!?それにさっきの戦い方……普通に学生には思えない!!」
レオンハルトの問いに、セリウスもシャノンも、そしてリリアも、固唾を飲んでミカゲを見つめる。
誰もが、彼の正体に疑問を抱いていた。
「……話す必要はない」
ミカゲは短く答えると、まふゆの手を引いた。
「行くぞ。ここに長居は無用だ」
「待て、ミカゲ!」
レオンハルトがその肩を掴もうとするが、ミカゲはそれをひらりとかわす。
二人の間に、再び険悪な空気が流れようとした、その時。
「……待って、レオンハルト」
まふゆが、震える声で制止した。
「うちから……うちから、話すから」
全員の視線が、まふゆに集まる。
彼女はぎゅっと拳を握りしめ、覚悟を決めたように顔を上げた。
「白檻会のことも……魔導機のことも……全部、うちから話す。……みんなに、知っておいてほしいことがあるんよ」
秘密を共有することの重さ。それを打ち明けた時、仲間たちの関係がどう変わってしまうのか、怖くないわけがない。
けれど、もう隠し通せることではない。そして何より、ミカゲ一人に全ての重荷を背負わせたくなかった。
まふゆの悲痛な決意を前に、誰もが言葉を失う。
シルヴァニアの美しい空の下、六人の仲間たちは、学園が隠す深い闇の入り口に、立たされていた。




