11-7
「白檻会……ッ!」
その忌まわしい名を聞いた瞬間、まふゆの血の気がさっと引いた。
エドウィンに捕らわれそうになった時の恐怖、ミカゲが傷つけられた時の絶望が、鮮明な悪夢となって蘇る。
握りしめていたフルーツの串が、ぱたりと地面に落ちた。
「まふゆ、俺の後ろに!」
レオンハルトの鋭い声が響く。彼はすでに剣を抜き放ち、まふゆを庇うように前に立っていた。その背中は広く、頼もしい。しかし、彼の表情には焦りの色が浮かんでいた。
「シャノン、リリア!まふゆを頼む!」
セリウスも杖を構え、冷静に指示を飛ばす。
「言われなくても!」
「まふゆん、こっち!」
シャノンとリリアが、震えるまふゆの両腕を掴んで後ろへ引かせ、守るように囲んだ。
「へっ、仲間がいたって無駄だ。お前らガキに何ができる?」
男たちは下卑た笑みを浮かべながら、じりじりと包囲網を狭めてくる。その数は八人。全員が手練れのようだ。
「……ミカゲ」
まふゆは、自分と男たちの間に静かに立つ黒衣の背中に、祈るように呼びかけた。
「……大丈夫だ」
ミカゲは振り返らない。ただ、その低い声には、不思議なほどの落ち着きがあった。
彼はゆっくりと腰を落とし、戦闘態勢に入る。その身から放たれる気配は、ただの学生のものではない。獲物を狩る、冷徹な暗殺者のそれへと変貌していた。
「行くぞ!」
男の一人が号令をかけ、二人が同時にレオンハルトに襲い掛かる。
「ハァッ!」
レオンハルトは力強い剣閃でそれを受け止めるが、相手は巧みに連携し、彼をその場に釘付けにする。
「兄さん!」
セリウスが援護の魔術を放とうとした瞬間、別の二人が彼の懐に飛び込んできた。
「くっ……!」
セリウスは杖で辛うじて攻撃を防ぐが、近接戦闘は彼の得意とするところではない。
「ノセ!」
「セリウス様!」
シャノンとリリアが悲鳴に近い声を上げるが、彼女たちの前にも残りの男たちが立ちはだかる。
「まふゆ、あんたは絶対逃げなさい!」
シャノンは猫族の瞬発力を活かして男の棍棒を躱すが、多勢に無勢だ。
リリアは震える手で薬瓶を構えるが、顔は恐怖に引きつっている。
完全に分断された。敵の狙いは、最初からまふゆただ一人。
一人の男が、戦闘の輪から外れ、守りの薄くなったまふゆに向かってにやりと笑った。
「さあ、お嬢ちゃん。大人しくこっちへ来な」
「い、いやっ……!」
男の汚れた手が、まふゆの白い髪に伸びる。
もう駄目だ。また、あの悪夢の中に引き戻される──。
まふゆが恐怖に目をつぶった、その瞬間。
────ザシュッ。
肉を切り裂く生々しい音と、男の短い呻き声が聞こえた。
おそるおそる目を開けると、目の前にはミカゲの背中があった。
彼の右手には黒い刃の短刀が握られ、その切っ先から血が滴り落ちている。まふゆに手を伸ばした男は、腕を押さえて苦悶の表情で後ずさっていた。
「……こいつに、触るな」
地を這うような低い声。それは、今まで聞いたどのミカゲの声よりも冷たく、殺意に満ちていた。
その瞳は、もはや獲物を嬲る獣そのもの。
ミカゲは一瞬で二人目の懐に潜り込むと、急所を的確に狙った一撃で昏倒させる。その動きには一切の無駄がなく、まるで死の舞踏を見ているかのようだった。
「な、なんだこいつ……!?」
「ただのガキじゃねえぞ!」
ミカゲの圧倒的な戦闘力を目の当たりにし、男たちの顔に初めて焦りの色が浮かぶ。
彼はまふゆを背に庇ったまま、ゆっくりと短刀を構え直した。
「うちも……戦わな……!」
このまま守られているだけではいけない。ミカゲだけに、皆だけに負担をかけさせるわけにはいかない。
まふゆはスカートのポケットに隠していた煙玉を、強く握りしめた。
この前、初めて六人で学園都市に買い物に行った時に買った護身用具だ。
(今しかない……!)
まふゆは意を決すると、ミカゲの背中に向かって叫んだ。
「ミカゲ!今や!」
その声と同時に、足元に煙玉を力いっぱい叩きつける!
パンッ!という破裂音と共に、濃い白煙が瞬く間に泉の周辺を覆い尽くした。




