11-3
「……あ、の。ミカゲ……?」
工房に響く、他の生徒たちの囁き声や、ガラスがぶつかる微かな音。その喧騒の中で、まふゆのか細い声は、かき消されてしまいそうだった。
それでも、隣に立つミカゲの耳には、確かに届いていた。
「……何だ」
彼は視線を溶けたガラスから動かさないまま、短く答える。その横顔は、まるで能面のように無表情だ。
「ご、ごめんなさい……。うちのせいで、あんなことになってしもて……」
まふゆは俯き、消え入りそうな声で謝罪した。
ミカゲが怒っているのは、自分のせいだ。レオンハルトと気まずいのも、皆に迷惑をかけているのも、全部自分のせい。
そう思うと、胸が苦しくなる。
「……あんたが謝ることじゃない」
意外な言葉に、まふゆは顔を上げた。
ミカゲは、職人顔負けの滑らかな手つきで吹き竿を回しながら、淡々と続ける。
「悪いのは、あんたを困らせる奴らだ」
その言葉は、レオンハルトやセリウスを非難しているように聞こえた。
「そ、そんなことない!二人は、うちのこと、真剣に考えて……」
「だから、あんたが困っている」
ミカゲはぴしゃりと言い放つと、初めてまふゆの方に視線を向けた。その瞳は、昨夜の冷たさとは違う、静かな光を宿している。
「俺は、あんたを困らせない」
「え……?」
「あんたが嫌がることはしない。無理もさせない。……ただ、そばにいるだけだ」
それは、告白とも、誓いともつかない言葉だった。
不器用で、けれど真っ直ぐな彼の想いが、じんわりと心に沁み込んでくる。
ミカゲはまふゆから視線を逸らすと、再び作業に集中し始めた。
「ほら、こっちを持て」
彼はそう言って、吹き竿の反対側をまふゆに差し出す。
「え、あ、うん……!」
まふゆは慌てて竿を両手で支えた。ミカゲの手が、すぐそばにある。その温もりに、心臓がとくん、と跳ねた。
「……力を抜け。俺が支える」
「は、はい……!」
ミカゲのリードは、驚くほど的確だった。
「息を吹け。……もっと弱く」
「……こう?」
「ああ。……いいだろう」
彼の指示通りに作業を進めると、熱いガラスの塊が、ふうせんのように少しずつ膨らんでいく。
集中していると、さっきまでの気まずさが少しずつ薄れていく気がした。
ミカゲの静かな声と、規則正しく竿を回す音だけが、やけにクリアに聞こえる。
「……ミカゲは、何でもできるんやね」
ぽつり、とまふゆが呟くと、ミカゲは少しだけ口の端を緩めた。
「……あんたのためなら、何でもできる」
その言葉に、また顔が熱くなる。
まふゆが何も言えずにいると、ミカゲはそっとまふゆの手に自分の手を重ねた。
「っ……!」
「震えている。……まだ、怖いのか」
「ち、違う……!これは……」
怖いんじゃない。ミカゲの不意打ちの優しさに、心臓がうるさいくらいに鳴っているだけだ。
ミカゲは答えを待たずに、重ねた手に少しだけ力を込めた。まるで、大丈夫だ、とでも言うように。
その温かさに、張り詰めていた心が、少しだけ解けていくのを感じた。
工房の片隅で、二人だけの静かな時間が、ゆっくりと流れていく。
そうして完成したのは、少し歪だけれど、二人の想いが溶け込んだような、不格好で、けれど愛おしい、一つの小さなグラスだった。




