11-2
ガラス細工の工房へと向かうバスの中、まふゆとレオンハルトの間には、重い沈黙が流れていた。
隣に座る彼の体温を感じるだけで、昨夜の出来事が鮮明に蘇り、顔が熱くなる。
「あの……昨日は、すまなかった」
先に沈黙を破ったのは、レオンハルトだった。
「お前を、困らせてしまった」
「う、ううん……!うちの方こそ、ごめんなさい……!」
「ミカゲのことも……俺が、あんなことをしたせいで……」
「違う!レオンハルトは悪くない!あれは、うちが……」
お互いに謝罪し合うが、言葉は空回りするばかり。
どうしようもない気まずさが、二人の間に壁を作っていた。
工房に到着し、職人から説明を受ける。溶けたガラスを吹き竿で膨らませ、グラスや一輪挿しを作るのだという。
「それじゃあ、始めてみようか」
レオンハルトが、先に吹き竿を手に取った。しかし、慣れない作業に苦戦している。
「う……熱いな、これ……」
「あ、気をつけて!」
まふゆが彼の腕を支えようと手を伸ばした、その瞬間。
「──二人とも、そこまでだ」
背後から、凍てつくような声がした。
振り返ると、工房の入口にミカゲが立っていた。彼のペアの生徒は、おろおろとその後ろに佇んでいる。
「ミカゲ……?」
「俺とペアを代われ、レオンハルト」
「なっ……!?」
ミカゲは有無を言わさぬ口調でそう告げると、レオンハルトの腕から強引に吹き竿を奪い取った。
「あんたは、そいつと組め」
ミカゲは自分のペアだった女子生徒を顎で指し、レオンハルトを睨みつける。その瞳には、隠そうともしない敵意が燃え盛っていた。
工房中の視線が、一気に三人に集まる。
「ミカゲ、待って!どうしてそんな……!」
まふゆの制止の声も、工房に響く他の生徒たちのさざめきも、ミカゲの耳には届いていないようだった。
彼の瞳は、ただ真っ直ぐにレオンハルトだけを捉えている。その視線は、獲物を前にした獣のように鋭く、危険な光を宿していた。
「……何が目的だ、ミカゲ」
レオンハルトが、静かに、しかし怒りを滲ませた声で問う。彼は吹き竿を奪われた手を固く握りしめていた。
王族としての威厳と、一人の男としてのプライドが、彼に冷静さを保たせている。
「目的?見てわからないか。そいつは俺と組む。あんたは邪魔だ」
ミカゲは吐き捨てるように言うと、掴んでいたまふゆの腕をぐいと引き寄せ、自分の隣に立たせた。突然のことに、まふゆはよろめきながら彼の体にぶつかってしまう。
「勝手なことを言うな!ペアは教師が決めたことだ!それに、まふゆがどう思うか……!」
「あんたに、こいつの気持ちがわかるのか?」
ミカゲの言葉が、氷の刃のようにレオンハルトに突き刺さる。
「……わかるさ。昨夜、俺はまふゆに……」
レオンハルトがそこまで言いかけた瞬間、ミカゲがぴくりと反応した。彼の纏う空気が、さらに冷たく、殺気にも似たものに変わる。
「……あんたが、こいつを困らせているんだろう」
その声は静かだったが、確信に満ちていた。
「こいつは断るのが下手だ。優しすぎるから、誰のことも傷つけたくないと思っている。あんたは、それに付け込んでいるだけだ」
「なっ……!俺はそんなつもりじゃ……!」
「違わない。あんたのそれは、ただの自己満足だ」
ミカゲの言葉は、レオンハルトだけでなく、まふゆの心にも深く突き刺さった。
(違う……レオンハルトは、そんな人やない……。でも……)
ミカゲの言うことにも、一理あるのかもしれない。返事を保留したままの自分が、皆を困らせ、傷つけている。
その事実に、まふゆは唇を噛みしめることしかできなかった。
工房の空気が、張り詰めていく。今にも二人が殴り合いを始めるのではないかと、誰もが固唾を飲んで見守っていた。
シャノンが心配そうにこちらを見ている。セリウスは、兄とミカゲの間で板挟みになり、苦しそうな顔をしていた。リリアは、ただ俯いている。
「……ミカゲ、やめて……!レオンハルトも……!」
まふゆは、震える声で懇願した。
「お願いやから……うちのために、喧嘩せんといて……っ」
その声は、悲痛な響きを帯びていた。
まふゆの言葉に、レオンハルトがはっとしたように表情を和らげ、ミカゲもわずかに視線を揺らがせた。
その時だった。
「はいはい、そこまでよー!」
明るく、しかし有無を言わさぬ声が、工房に響き渡った。
声の主は、引率教師の一人であるサキュバスのローゼリアだった。彼女は優雅な足取りで三人に近づくと、パン、と一つ柏手を打つ。
「若さゆえの過ちってやつかしら?でも、旅行先で問題を起こすのは感心しないわねぇ」
ローゼリアは妖艶な笑みを浮かべると、レオンハルトとミカゲの肩に、それぞれぽん、と手を置いた。
「ま、気持ちはわかるけど。こんな可愛い子を巡って熱くなるのは、男の子の性よねぇ」
彼女はウインクしながらまふゆの顎にそっと触れる。
「まふゆちゃんも、罪な女ねぇ」
「ロ、ローゼリア先生……!」
「でも、今は授業中。それに、二人ともエキサイトしすぎよ。はい、これでおしまい」
ローゼリアは有無を言わさぬ口調で告げると、レオンハルトに向き直った。
「レオンハルトちゃんは、ミカゲちゃんの元々のペアの子と組んであげてちょうだい。いいわね?」
「……はい」
レオンハルトは、悔しさを押し殺したように短く答えると、ミカゲに一瞥をくれ、指定された女子生徒の元へと歩いて行った。
「ミカゲちゃんは、まふゆちゃんとね。その代わり、ちゃんとエスコートしてあげるのよ?」
「……言われなくても」
ミカゲはぶっきらぼうに答えると、まふゆの手から吹き竿を取り上げた。
ローゼリアの鶴の一声で、一触即発の事態は強制的に収束させられた。
しかし、工房内に漂う気まずい空気は消えない。
まふゆは、自分のせいで起こってしまった騒動に、ただただ俯くことしかできなかった。
ミカゲは何も言わず、黙々とガラスを溶かし始めている。その横顔からは、何を考えているのか、まったく読み取れなかった。




