10-9
肝試しから戻ったまふゆの足取りは、鉛のように重かった。
ロビーで他のペアの帰りを待つ間も、心はここにあらず。楽しかったという感想を口にする他の生徒たちの声が、やけに遠くに聞こえる。
レオンハルトが隣で何かを話しかけてくれた気もするが、うまく返事ができたかどうか、自信がなかった。ミカゲは、結局ロビーには姿を現さなかった。
部屋に戻ると、ベッドの上でリリアが身じろぎするのが見えた。寝返りをうっただけらしく、静かな寝息が聞こえてくる。
その寝顔を見て、まふゆの胸にまた罪悪感が募った。
「……おかえり」
先に部屋に戻っていたシャノンが、ベッドに腰掛けたまま低い声で言った。その金色の瞳が、じっとまふゆを見つめている。
「ただいま……シャノン」
「……何があったのよ。あんた、幽霊でも見たみたいな顔してるわよ」
「え……?」
「レオンハルトと、何かあったんでしょ」
シャノンの真っ直ぐな視線に、まふゆはどきりとする。誤魔化すことはできそうになかった。
ぽつり、ぽつりと、肝試しでの出来事を話す。怖くてレオンハルトに抱きついてしまったこと。そして、その現場をミカゲに見られてしまったこと。
昼間の事故のキスについては、どうしても言葉にできなかった。
話を聞き終えたシャノンは、ふぅ、と大きなため息をついた。
「……あんたも、難儀なことになったわね」
「うぅ……ミカゲ、怒ってしもたやろか……」
「当たり前でしょ。あいつ、あんたのことしか見てないんだから」
きっぱりと言い切るシャノンの言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
「でも、うち……どうしたらええのか、わからへん……。レオンハルトのことも、セリウスのことも……ミカゲのことも……みんな、大切な仲間やのに……」
膝を抱えて俯くまふゆの肩を、シャノンがぽん、と叩いた。
「……今は、何したって裏目に出るわよ。下手に動かない方がいい」
「でも……」
「ミカゲのことは、あたしからそれとなく話しといてあげる。あいつも、あんたに言われるよりは、少しは聞く耳持つでしょ」
「シャノン……!」
思わぬ言葉に顔を上げると、シャノンはふい、とそっぽを向いた。
「べ、別に、あんたのためじゃないわよ!あいつがあんなだと、こっちの調子も狂うからよ!」
照れているのか、猫の耳がぴこぴこと動いている。その不器用な優しさが、冷え切ったまふゆの心にじんわりと沁みた。
「……おおきに、シャノン」
「……別に。……それより、あんたも早く寝なさい。明日、目の下にクマ作ってたら笑うわよ」
「うん……」
シャノンに促され、まふゆも自分のベッドに潜り込む。
隣のベッドからは、相変わらずリリアの静かな寝息が聞こえていた。
(リリアさんも、何か悩んでるみたいやったし……うちは、自分のことばっかりや……)
目を閉じると、レオンハルトの熱い腕の感触、そしてミカゲの氷のような瞳がまぶたの裏に浮かんでくる。
楽しいはずの修学旅行。
それなのに、今はただ、胸の中にいくつもの棘が刺さったような痛みが広がるだけだった。
(明日になったら……少しは、ましになってるやろか……)
答えの出ない問いを繰り返しながら、まふゆは重いまぶたを閉じた。
シルヴァニアの美しい星空とは裏腹に、少女たちの心には、暗く複雑な夜の闇が静かに落ちていた。
第十話・了




