10-8
ガサガサッ!!
すぐ近くの茂みが大きく揺れ、何かが飛び出してきた。
「きゃああああっ!!」
「うおっ!?」
パニックになったまふゆは、思わず目の前にいたレオンハルトに力いっぱい抱きついてしまった。
「……まふゆ?」
驚いたようなレオンハルトの声が、頭の上から降ってくる。
まふゆは彼のたくましい胸に顔を埋めたまま、がたがたと震えを止めることができない。抱きついている腕に、ぎゅっと力がこもる。
「ご、ごめ……こわくて……っ」
「……ああ、大丈夫だ」
レオンハルトは少し戸惑ったようにまふゆの背中に手を置き、それから安心させるように、優しくぽんぽんと叩いた。
その温かい感触に、パニックに陥っていた心が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
茂みから飛び出してきたのは、どうやらただの森の小動物だったらしい。すぐにまたガサガサと音を立てて、闇の中へと消えていった。
「……もう、大丈夫か?」
「……う、うん。ごめんなさい、取り乱してしもて……」
我に返ったまふゆは、自分がレオンハルトにぴったりと抱きついていることに気づき、顔から火が出そうになる。
慌てて体を離そうとしたが、レオンハルトの腕に力がこもり、それを阻まれた。
「え……?レオンハルト……?」
「……もう少し、このままでいさせてくれないか」
耳元で囁かれたのは、いつもより低く、熱を帯びた声だった。
レオンハルトの腕が、まふゆの体を強く抱きしめる。心臓の音が、嫌でも伝わってくる。それは、自分のものなのか、彼のものなのか、もう分からなかった。
「昼間……事故だったとはいえ、すまなかった。お前の……初めてを、あんな形で奪ってしまって」
「……!」
「だが、後悔はしていない。……俺は、嬉しいと、思ってしまったんだ」
彼の告白に、まふゆは何も言えない。ただ、彼の胸の中で固まることしかできなかった。
唇に触れた柔らかい感触、事故の後の彼の真剣な眼差し、そして「嫌じゃなかった」という言葉が、脳裏に蘇る。
(あかん……。こんなん、意識してまう……)
「まふゆ。俺は、お前のことが好きだ。誰よりも……大切にしたい」
真摯な声が、夜の静寂に響く。
もう、ただの事故だなんて思えない。彼の想いの重さが、ずしりと心にのしかかる。
返事をしなければ。でも、どんな言葉を返せばいいのか分からない。セリウスのことも、ミカゲのことも、頭をよぎる。
まふゆが答えを探して唇を震わせた、その時だった。
「──そこで、何をしている」
氷のように冷たい声が、二人の間に割り込んだ。
はっとして声のした方を見ると、懐中電灯の光の中に、ミカゲが立っていた。
彼の背後には、お札を手に持った彼のペアの女子生徒が、おびえたように佇んでいる。どうやら、祠から戻る途中だったらしい。
ミカゲの黒い瞳は、抱きしめ合うまふゆとレオンハルトを、何の感情も映さずに、ただじっと見つめていた。
いや、違う。その瞳の奥には、燃え盛る嫉妬と、深い失望の色が渦巻いているのを、まふゆは見てしまった。
「ミカゲ……!ち、違うんよ、これは……!」
まふゆは慌ててレオンハルトの腕の中から抜け出し、弁解しようとする。
しかし、ミカゲは何も言わず、すっと視線を逸らした。
「……行くぞ」
彼は背後の女子生徒に短く告げると、まふゆたちに背を向け、そのまま闇の中へと歩き去ってしまった。
その背中は、今まで見たどの彼の背中よりも、冷たく、そして拒絶しているように見えた。
「ミカゲ……!」
呼びかけても、彼は振り返らない。
あっという間に、彼の姿は暗い森に溶けて見えなくなった。
後に残されたのは、気まずい沈黙と、夜の森の冷たい空気だけだった。レオンハルトも、バツが悪そうに口を噤んでいる。
楽しいはずの肝試しは、最悪の形で幕を閉じようとしていた。
まふゆの胸には、レオンハルトへの戸惑いと、そしてミカゲを傷つけてしまったという罪悪感が、重く重くのしかかっていた。




