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そして一時間後。
ホテルの自室で少しだけ旅の荷を解いたまふゆたちは、再びロビーへと降りていった。
広々としたロビーには、同じように部屋から出てきた生徒たちが集まり始めており、活気にあふれている。
「あ、いたいた!レオンハルト様ー!」
リリアが輪の中心にいる長身の王子を指さす。その隣にはセリウス、そして少し離れた柱に寄りかかるようにしてミカゲの姿もあった。
三人の姿を認めると、またしてもまふゆの心臓がきゅっと縮こまるのを感じる。
「お、来たか。部屋はどうだった?」
レオンハルトが気さくに話しかけてくる。その笑顔はいつも通り爽やかで、まふゆは少しだけ安堵した。
「うん、すごく広くて綺麗やったよ!窓から湖が見えて、素敵やった!」
「それは良かった。僕たちの部屋も、なかなか眺めが良かったよ」
セリウスも穏やかに微笑む。その柔らかな表情に、まふゆも自然と笑みを返した。
(……よかった。二人とも、いつも通りや……)
しかし、そう思ったのも束の間だった。
「まふゆ」
「ひゃいっ!?」
不意に背後からミカゲに名前を呼ばれ、まふゆは変な声を上げて飛び上がった。振り返ると、ミカゲがじっとまふゆの顔を見ている。
「……あんた、自由時間はどうするつもりだ」
「えっ!?え、えっと……リリアさんとシャノンさんと……」
「へぇ、そうなんだ。俺はてっきり、まふゆは俺と回ってくれるものだとばかり思っていたが」
「僕もだよ。まふゆさえ良ければ、一緒に街を案内したいと思っていたんだけど」
ミカゲの言葉に被せるように、レオンハルトとセリウスが会話に入ってくる。三人の視線が、一身にまふゆへと注がれた。
それは、明らかに昨日までの友情とは違う、熱を帯びた視線。
「え、えっと、あの、それは……」
どう答えるべきか分からず、まふゆが狼狽えていると、リリアとシャノンが助け舟を出してくれた。
「ちょっとちょっとー!抜け駆けは禁止ですよー、王子様がたー!」
「そうよ。まふゆは先にあたしたちと約束してたんだから」
リリアがぷくっと頬を膨らませ、シャノンも腕を組んで二人を牽制する。
その様子に、レオンハルトは「はは、すまんすまん」と苦笑し、セリウスも「ごめん、少し気が急いてしまったみたいだ」と謝った。
ミカゲだけは何も言わなかったが、その視線はどこか不満げに見えた。
「はーい、皆さんお静かに!今から夕食の時間まで、自由行動としまーす!ただし!門限はきっちり守ること!いいわね?」
ロビーにローゼリアの声が響き渡る。それを合図に、生徒たちは一斉にホテルの外へと駆け出していった。
「よし、じゃああたしたちも行こっか、まふゆん!」
「うん!」
リリアに手を引かれ、まふゆはほっと胸をなでおろしながら、三人に「ま、また後でね!」と声をかけて街へと駆け出した。
「ふぅ……助かったぁ……」
「まふゆん、大変だねぇ。モテモテじゃん」
からかうように言うリリアに、まふゆは「そんなことないって!」と顔を赤らめる。
シルヴァニアの街は、夕暮れの光を浴びて、昼間とはまた違うロマンチックな雰囲気を醸し出していた。
三人はまず、まふゆが気になっていた可愛い雑貨屋に立ち寄った。店内には、綺麗なガラス細工や手作りのアクセサリー、良い香りのするポプリなどが所狭しと並べられている。
「うわぁ……!見て、この髪飾り、すごく綺麗……」
まふゆが手に取ったのは、小さな黒い蝶々を模したガラスの髪飾り。光に透かすと、きらきらと繊細な輝きを放つ。
(……ミカゲの瞳の色みたい……)
ふとそんなことを考えてしまい、まふゆは慌てて髪飾りを元の場所に戻した。
「まふゆんには、こっちの白いお花のほうが似合うと思うなー」
「……あんたは、こういうシンプルな方がいい」
リリアとシャノンが、それぞれ違う髪飾りを持ってきてくれる。
三人で「どっちがいいかな」「こっちも可愛い」と笑い合う時間は、とても楽しくて、さっきまでの気まずさを忘れさせてくれた。
結局、三人でお揃いの小さなブレスレットを買い、店を出る頃には、空は美しい茜色に染まっていた。
「あー、楽しかった!ねぇ、あそこのカフェでお茶しない?」
リリアが指さす先には、湖に面したお洒落なテラス席のあるカフェがあった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
このまま、何事もなく穏やかに一日が終わってくれればいい。
まふゆは胸の内で、そう小さく願っていた。




