10-1
翌朝、教室の扉を開けると、そこにはいつもと変わらない、しかし昨日とは少しだけ違う空気が流れていた。
「あ、まふゆん、おはよー!」
「……おはよ」
いち早くまふゆに気づいたリリアがぱっと笑顔で手を振り、隣に座るシャノンも少しだけ気まずそうにしながら挨拶を返してくれる。
二人はFランクの証であるバッジを見せてくれた。
「二人とも、昇級おめでとう!すごいなぁ」
「えへへー、ありがとー!ガレオス先生がさー、昨日の放課後わざわざ呼び出してくれて。まふゆんたちが飛び級したって聞いて、あーしも頑張らなきゃって思ったんだよねー」
「……別に。あたしは、当然のことをしただけ」
そっぽを向きながら言うシャノンだが、その耳がぴこぴこと嬉しそうに動いているのを、まふゆは見逃さなかった。
仲間が認められるのは、自分のことのように嬉しい。まふゆが自然と笑みを浮かべると、リリアが少し心配そうな顔でまふゆの顔を覗き込んできた。
「てか、まふゆん大丈夫?なんか、ちょっと顔赤いっていうか、寝不足?」
「えっ!?そ、そんなことないで!」
思わず声が裏返り、まふゆはぶんぶんと首を横に振る。
昨夜、三人の告白が頭から離れず、ほとんど一睡もできていないなんて、口が裂けても言えない。
そんなやり取りをしていると、教室にレオンハルトとセリウス、そしてミカゲが入ってきた。
三人の姿を視界に捉えた瞬間、まふゆの心臓がどくん、と大きく跳ねる。
「おはよう、まふゆ。シャノンとリリアも、昇級おめでとう」
「おはよう、まふゆ。二人とも、おめでとう」
「……」
いつも通りの挨拶。いつも通りの光景。
それなのに、どうしようもなく意識してしまう。
レオンハルトの力強い声も、セリウスの穏やかな声も、そして何も言わずにまふゆを一瞥したミカゲの静かな視線も、全てが昨日の出来事と結びついて、まふゆの頬を熱くさせた。
「お、おはよう……レオンハルト、セリウス、ミカゲ……」
かろうじて挨拶を返すが、三人の名前を呼び捨てにするたびに、舌がもつれそうになる。
自分の席に着くと、背後からミカゲの気配、隣からセリウスの気配、そして前からレオンハルトの気配を感じて、まふゆは身動きが取れなくなってしまった。
(うぅ……どないしよ、めっちゃ気まずい……)
誰の顔も見ることができず、ただ机の上をじっと見つめる。
すると、担任教師であるエドウィンが教室に入ってきた。
「おはよう、皆。……ああ、そうだ。一つ、伝えることがあるんだ」
穏やかな声でそう切り出したエドウィンは、にこりと微笑む。
「来週から三日間、新入生全員参加の修学旅行が実施されることになった。場所は王都から少し離れた、自然豊かな観光都市『シルヴァニア』だ」
修学旅行──その言葉に、教室中がわっと歓声に包まれる。
まふゆも、思わず顔を上げた。学園の外への旅行。それは純粋に心惹かれる響きだった。
「目的は、他種族との交流を深め、団体行動における協調性を学ぶことだ。自由時間も多く設ける予定だから、楽しみにしているといい。詳しい日程は、後ほど資料を配ろう」
エドウィンが説明を続ける。
その言葉に、まふゆの心は期待で少しだけ軽くなった。
旅行に行けば、この気まずい空気も、少しは変わるかもしれない。
しかし、まふゆはまだ知らない。
この修学旅行が、彼女の恋心を、そして運命を、さらに大きく揺り動かすことになるということを。
そして、甘い罠がすぐそこに待ち構えていることにも、まだ気づいてはいなかった。




