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その日の全ての授業が終わり、生徒たちが思い思いに帰路についたり、部活動に向かったりして教室が閑散とし始めた頃。
まふゆが帰り支度をしていると、隣の席から静かに声がかかった。
「……まふゆ」
セリウスだった。
彼はまだ自分の席に座ったままで、俯き加減にまふゆを見上げている。その表情は、授業中ずっと見せていたものと同じく、深い後悔と罪悪感に沈んでいた。
「セリウスさん、どないしたん?」
まふゆは首を傾げながら尋ねる。
教室にはもう、まふゆとセリウス、そしてまだのんびりと支度をしているレオンハルトと、既に帰り支度を終えて壁に寄りかかりながらまふゆを待っているミカゲしかいなかった。
シャノンとリリアは再度昇級試験を受けに行っており、一足先に教室を出て行っている。
セリウスはゆっくりと立ち上がると、まふゆの前に進み出た。そして、朝の教室でのやり取りの続きのように、再び深く、深く頭を下げる。
「……改めて、謝らせてほしい。本当に、すまなかった」
その声は震えていた。
彼がどれほど自分を責めているのかが、痛いほど伝わってくる。
「セリウスさん、朝も言うたやん。うち、気にしてへんよ」
まふゆは困ったように微笑み、彼に顔を上げるよう促した。しかし、セリウスは頑なに頭を下げたままだ。
「いいや、気にしなくていい問題じゃない。僕は君に、恐怖を与えた。君の大切な仲間であるミカゲを、結果的に傷つける原因にもなった。……僕の心の弱さが、君たちを危険に晒したんだ」
セリウスは、ぎゅっと拳を握りしめる。
まふゆの優しい言葉が、今は彼の罪悪感をさらに抉る。彼女が許してくれればくれるほど、自分の愚かさが際立つように感じられた。
「僕は、君を守れるくらい強くなりたかった。兄さんやミカゲに頼ってばかりの、情けない自分を変えたかった。でも、焦りと嫉妬に飲まれて……君を、傷つけようとした。弁解のしようもない」
ぽつり、ぽつりと語られる彼の本心。
まふゆは、何も言わずにただ静かに耳を傾けていた。
「君に許してもらおうなんて、思っていない。でも、これだけは信じてほしい。君を傷つけたいなんて、心の底から思ったことは一度もない……!」
その悲痛な叫びに、まふゆは小さく息を呑んだ。
そして、そっと一歩前に出ると、セリウスの頭に優しく手を置いた。
「……うん。信じてるよ、セリウスさん」
柔らかな声だった。
セリウスがはっと顔を上げる。彼の青緑の瞳は、今にも涙がこぼれ落ちそうに揺れていた。
「うち、知ってるよ。セリウスさんが、誰よりも優しくて、一生懸命で……うちのこと、いっつも心配してくれてたこと。だから、もう自分を責めんといて。うちは、大丈夫やから」
まふゆは、精一杯の笑顔を見せた。
その笑顔は、まるで聖女の慈愛のように、セリウスの凍てついた心をじんわりと溶かしていく。
「まふゆ……」
セリウスの目から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
それは、後悔の涙であり、そして、彼女の温かさに触れた安堵の涙でもあった。
少し離れた場所で、レオンハルトはその様子を静かに見守っていた。ミカゲは壁に寄りかかったまま、無表情で二人を見つめていたが、その視線はどこか柔らかい。
「……ありがとう」
セリウスは、ようやくそれだけを言うと、袖で乱暴に涙を拭った。
「僕は、君に償いをしたい。……だから、いつか必ず、君を守れるくらい強くなる。今度こそ、口だけじゃない。君が本当に危険な時、一番に君の隣に立てる男になる。それまで……待っていてくれるか?」
それは、謝罪であり、そして新たな誓いだった。
まふゆは、その真剣な瞳をまっすぐに見つめ返し、こくりと優しく頷いた。
「……うん」
夕暮れの光が差し込む教室で、二人の間にあったわだかまりが、静かに解けていく。




