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「……ミカゲさん、もう、大丈夫なん?」
まふゆが心配そうに見上げると、ミカゲの表情がわずかに変わった。
いつもの無表情とは違う、どこか不機嫌そうな色が浮かぶ。
「……さん、か」
低く、呟くような声。
その声音には、明らかに不満が滲んでいた。
「え……?」
まふゆが首を傾げる。ミカゲは、まふゆの白い髪を撫でていた手を止め、じっと彼女の菫色の瞳を見つめた。
「昇級試験の時、あんた、俺のこと呼び捨てにしてただろ」
「……え、あ……」
まふゆの頬が、ぽっと赤く染まる。
確かに、あの時は咄嗟に「ミカゲ」と呼び捨てにしていた。彼が倒れた時、無我夢中で、そんな呼び方になっていた。
「あ、あれは、その……咄嗟に……」
「なら、今もそう呼べ」
ミカゲは、まふゆの頬に手を添えた。その手のひらは、不思議と温かい。
「まふゆの口から、俺の名前を聞きたい。『さん』なんて余計なものは、いらない」
その言葉には、普段の彼からは想像もできないような、強い執着が込められていた。
まふゆは、ミカゲの黒い瞳に映る自分の姿を見つめる。彼の瞳は、いつもより少しだけ熱を帯びているように見えた。
「……で、でも……」
「嫌か?」
ミカゲの声が、わずかに低くなる。
その声音に、まふゆは慌てて首を横に振った。
「嫌、やないよ……!せやけど……」
「なら、呼べ」
有無を言わさぬ口調。
まふゆは、小さく息を呑んで、唇を震わせた。
「……み、ミカゲ……」
か細い声で、彼の名前を呼ぶ。
その瞬間、ミカゲの表情がふっと緩んだ。それはほんの一瞬だったが、まふゆには確かに見えた。彼が、笑ったのだと。
「……ああ。それでいい」
ミカゲは満足そうに頷くと、まふゆの頭をもう一度優しく撫でた。
「これからは、ずっとそう呼べ。約束だ」
「……う、うん……」
まふゆは顔を真っ赤にしながら、小さく頷いた。
医務室の静寂の中、まふゆの鼓動だけが、やけに大きく響いているように感じられた。




