9-5
「……ミカゲ、さん……?」
月明かりに照らされた医務室で、二人の視線が交差した。
「……ああ」
ミカゲは、まふゆの頬に添えていた手をゆっくりと引いた。彼女の菫色の瞳が、困惑と安堵が入り混じった色でこちらを見つめている。
「ミカゲさん、起きはったんですね……よかった……」
まふゆはベッドの上で身を起こそうとして、ふらりと身体が傾いた。それをミカゲがすかさず支える。彼女の身体は驚くほど軽く、そして温かかった。
「無茶するな。あんたはまだ休んでなきゃいけない身体だろう」
「そんなこと、ミカゲさんに言われたないわ……!」
まふゆは泣きそうな顔で、ミカゲの胸を弱々しく叩いた。その拳には全く力が入っていない。
「……またうちのせいで、ミカゲさんが……っ」
「違う」
ミカゲは、まふゆの白い髪をそっと撫でた。
「あんたは何も悪くない。俺が勝手にやったことだ。あんたを守りたかった。それだけだ」
「……せやけど……」
まふゆの瞳から、またぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。ミカゲはそれを指でそっと拭った。
「泣くな。……あんたの涙は、俺には毒より効く」
その言葉に、まふゆははっと顔を上げた。ミカゲの顔には、いつもの無表情とは違う、わずかな苦笑が浮かんでいる。
「……ミカゲさんは、いっつもそうやって……」
まふゆは、ミカゲの袖をぎゅっと握りしめた。
「……いっつも、うちを助けてくれて……うちを泣かせへんようにしてくれて……」
ミカゲは何も答えず、ただ静かにまふゆの頭を撫で続ける。
その手のひらは、不思議と温かかった。影人であるはずの彼の手が、まるで春の陽射しのように、まふゆの心を包み込んでいく。
「……あんたがいれば、それでいい」
ぽつりと、ミカゲが呟いた。
「俺はあんたの隣にいる。それ以外のことは、どうでもいい」
その言葉の意味を、まふゆは完全には理解できなかった。
でも、彼の声に込められた、確かな想いだけは、しっかりと伝わってきた。
窓の外では、月明かりが二人を静かに照らしている。
医務室の静寂の中、二人だけの時間が、ゆっくりと流れていった。




