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「セリウスさん!お願い!やめて!正気に戻って!!」
まふゆの必死の叫びも、もはやセリウスには届かない。
彼女の腕を掴んだまま、セリウスは狂おしいほどの執着を込めて彼女を見つめ続けている。その瞳には、もう理性の光は残っていなかった。
「これで……君は、僕だけのものだ……」
レオンハルトが再び立ち上がり、セリウスに向かって踏み込もうとした、その瞬間だった。
バン、と教室のドアが勢いよく開け放たれる。
「……まふゆに、手を出すな」
低く、静かな、だが圧倒的な殺意を孕んだ声が響く。
その場にいた全員が、一斉に声の主へと視線を向けた。
そこに立っていたのは、本来なら医務室のベッドで眠っているはずのミカゲだった。
黒装束は身につけておらず、簡素な寝間着のままだ。顔色は紙のように白く、額には脂汗が浮かんでいる。
その身体は今にも倒れそうなほど不安定で、ドアの枠に手をついて何とか立っているように見えた。
だが、その黒い瞳だけは、鋭く、冷たく、まふゆに触れるセリウスを射抜いている。
「ミカゲさん……!?なんでここに……!」
まふゆの驚愕の声に、ミカゲは一瞬だけ視線を向ける。
「……あんたの悲鳴が聞こえた。だから、来た」
そのたった一言が、どれほどの苦痛を押し殺して発せられたものか。
ミカゲの身体は、まだ魔力の暴走の後遺症から回復していない。それでも、まふゆの危機を察知して、彼は無理やり身体を動かしてここまで来たのだ。
「……ミカゲ……!」
セリウスの瞳に、新たな憎悪の炎が燃え上がる。
「また、お前か……!どうして、いつもお前なんだ……!僕の邪魔ばかりしやがって……!」
セリウスは、まふゆの腕を強く掴んだまま、ミカゲへと殺気を向けた。
「セリウスさん、痛いっ!!」
「うるさい!!」
その様子を見て、ミカゲの目が、さらに冷たく細められる。
「……そのまま、もう一歩でも動いてみろ。あんたの喉笛を掻っ切る」
淡々と、まるで事実を述べるかのように告げられた言葉。
それは脅しではなく、確実に実行されるであろう「予告」だった。
教室中の空気が、凍りつく。
レオンハルトでさえ、ミカゲから放たれる殺気に息を呑んだ。
だが、嫉妬と怒りに狂ったセリウスは、その警告を無視して一歩踏み出した。
その瞬間、ミカゲの姿がかき消える。
次の瞬間には、セリウスの背後に回り込み、その首筋に手刀を構えていた。
「ぐっ……!」
セリウスが反応する前に、ミカゲの手刀がセリウスの急所を正確に打ち抜く。
力が抜けたセリウスの身体が、その場に崩れ落ちた。まふゆの腕も、ようやく解放される。
「ミカゲさんっ!」
まふゆは、すぐさまミカゲへと駆け寄った。
彼は荒い息を吐きながら、今にも倒れそうなほど不安定に立っている。
「……大丈夫、か……?」
掠れた声で問いかけながらも、ミカゲの黒い瞳はまふゆの身体を確認するように見つめている。怪我はないか、傷つけられていないか、と。
「うちは大丈夫!それよりミカゲさん、無茶しすぎや!まだ体が回復してへんのに……!」
まふゆはミカゲの腕を支え、その身体を支えようとする。彼の身体は熱く、脂汗が滲んでいるのがよく分かった。
「……あんたの、声が、悲鳴が……だから……無事で……良かっ……」
そこまで言うと、ミカゲの身体から力が抜け、まふゆの肩に倒れ込んできた。




