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「おおきに、セリウスさん。サンドイッチ、美味しかったです」
まふゆは空になった包みを丁寧に畳むと、少しだけ微笑んでセリウスに言った。
その笑顔はまだどこか翳りを帯びていたが、朝よりは血色が戻っているように見える。
「……よかった。じゃあ、そろそろ行こうか。午後の授業に遅れてしまう」
「うん。セリウスさんも、付き合ってくれてありがとうな」
まふゆはもう一度、名残惜しそうにミカゲの寝顔を見つめると、静かに立ち上がって医務室の扉へと向かった。
「……ちょっとだけ待っててくれないか。すぐ行くから」
「……?わかった」
その小さな背中を見送り、パタン、と扉が閉まる音を聞いてから、セリウスはふう、と長い息を吐いた。
一人残された医務室は、しんと静まり返っている。
窓の外の喧騒が、まるで遠い世界の出来事のように感じられた。
セリウスは、まふゆが座っていた椅子に視線を落とす。そこには、まだ彼女の温もりが残っているような気がした。
そして、ゆっくりと視線をベッドの上へと移す。
静かな寝息を立てるミカゲ。
その顔は穏やかで、いつもの人を寄せ付けないような鋭い雰囲気は微塵も感じられない。
(……結局、僕は何もできなかった)
唇を噛みしめる。
昨日の戦闘が、脳裏に鮮明に蘇る。
暴走するゴーレム改を前に、自分は何もできなかった。兄のレオンハルトでさえ、あの巨体の一撃に吹き飛ばされた。
絶望的な状況を覆したのは、ミカゲだった。
まふゆの魔術をその身に受け、限界を超えた力で、たった一人で。
(君がいなければ、僕たちは全滅していたかもしれない)
その事実は、痛いほど理解している。感謝もしている。
────だが同時に、黒く澱んだ感情が心の底から湧き上がってくるのを止められなかった。
まふゆは、一晩中彼のそばにいた。
昼休みも、食事もしないで真っ先にここに駆けつけてきた。
彼女の瞳には、ミカゲへの心配と、彼を傷つけてしまったという後悔が色濃く浮かんでいた。
(……ずるいな、君は)
セリウスは、眠るミカゲに向かって、声にならない声で呟いた。
いつもそうだ。
大事な場面で、彼女の隣にいるのは。
彼女を守り、彼女の心を占めるのは、いつも君だ。
新入生限定クエストの時も、魔物侵入事件の時も、そして昨日も。
自分はただ、無力にそれを見ていることしかできない……。
「……僕だって……」
守りたかった。
誰よりも強く、彼女の剣となり、盾となりたかった。
それなのに、現実はどうだ。
ぎり、と奥歯を噛みしめる。握りしめた拳が、小刻みに震えていた。
ミカゲの存在が、自分の不甲斐なさと無力さを、容赦なく浮き彫りにする。
「……早く、目を覚ませよ、ミカゲ」
ぽつりと漏れた言葉は、本心からの願いであり、そして、やり場のない嫉妬が混じった挑戦状でもあった。
(……このまま君に、彼女を独り占めされてたまるか)
セリウスは静かに立ち上がると、一度だけミカゲの顔を強く見つめ、そして静かに医務室を後にした。
午後の授業が、彼を待っている。
今はただ、力を渇望する心を抱えて。




