8-2
重い足取りでA組の教室の扉を開けると、そこには既に見慣れた顔ぶれが揃っていた。
「まふゆ、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
自分の席に着くより早く、前の席のレオンハルトが振り返って心配そうに声をかけてくる。
その隣では、セリウスも眉を寄せ、まふゆの顔を覗き込んでいた。
「おはよう、レオンハルトさん、セリウスさん。……うちは大丈夫やで」
無理に作った笑顔は、きっとぎこちないものだっただろう。二人の気遣いが嬉しくもあり、同時に胸を締め付ける。
まふゆは自分の席に腰を下ろす。前にはレオンハルト、隣にはセリウス。
そして、いつもなら無愛想ながらも静かな存在感を示しているはずの後ろの席は、がらんと空いていた。
主のいない机が、昨日の出来事が夢ではなかったのだと、冷たい現実を突きつけてくる。
「……ミカゲのこと、イリヤ先生に聞いてきた。命に別状はない、って」
「そうか……。だが、油断はできないな。あの無茶な力の使い方は、ただ事じゃない」
セリウスの言葉に、レオンハルトが厳しい表情で頷く。二人の会話が、まるで遠い世界のことのように聞こえた。
(……ミカゲさんがおらへん)
ただそれだけの事実が、教室の空気をこんなにも冷たく感じさせるなんて。心にぽっかりと穴が空いて、そこから冷たい風が吹き込んでくるようだった。
「まふゆ。お前のせいじゃない。それは、俺たちが一番よく分かってる。だから、自分を責めるな」
レオンハルトが、諭すように、そしてどこか自分に言い聞かせるように言った。その青緑の瞳には、悔しさと無力感が滲んでいるように見えた。
「せやけど……うちが、あの魔術を使わへんかったら……」
「俺たちは全員死んでただろうな。……俺たちが、もっと強ければ、あいつにあんな無茶をさせる必要もなかったんだ」
レオンハルトが、拳を強く握りしめながら吐き捨てるように言った。
その言葉は、まふゆを慰めるものであると同時に、彼自身の不甲斐なさに対する怒りでもあった。
三人の間に、重い沈黙が落ちる。
ミカゲの不在は、ただ戦力が一人欠けたというだけではない。まふゆたちの心の中心に、大きな空洞を作っていた。
やがて、始業のベルが鳴り響き、教師が教室に入ってくる。いつもと変わらない日常が、無情にも始まろうとしていた。




