第五章:凪(なぎ)の追跡、希望の入港
曲がりくねった街道を越え、数日の旅路の果てに三人が辿り着いたのは、かつて流通の拠点として栄えた港町トルニアだった。しかし、町に足を踏み入れた一行を待っていたのは、不気味なほどの静寂だった。
活気があるはずの市場は閉じられ、人影もまばら。だが、港へ近づくにつれ、積荷を運ぶ喧騒が聞こえ始めた。水平線の向こうへ、幾艘もの船が出港していく姿が見える。
「なんだ……普通に船が発着しているじゃないですか」
マルコが拍子抜けしたように港を見渡した。だが、サヤの表情は険しい。
「ちょっと、待って!」
サヤは目を閉じ、研ぎ澄まされた感覚で大気を探る。
「……あっちよ! エルムがいる!」
サヤが駆け出した先は、通常の荷役が行われる場所から隠れるように設えられた、人目につきにくい隠し船着き場だった。そこには、まさに船に乗り込もうとするカミラと、力なく従うエルムの姿があった。
カミラはカイエンたちの姿を認めると、不敵ににこりと微笑んだ。そして顎をくいっと動かし、背後を指し示す。
物陰からぞろぞろと現れたのは、二十人近い男たち。彼らの肌は一斉に黒く変色し、異形の魔物へと成り果てた。
「ちっ! 多すぎる……!」
カイエンが舌打ちするが、マルコはその隣で悠然と両手を空に突き出した。
「こんなに広い場所なら、これが使えますよ。……メテオスウォーム!」
突如、空が暗転した。天を裂いて降り注ぐ無数の隕石が、逃げ場のない魔物たちを蹂躙する。轟音と共に地面が揺れ、一瞬にして敵の数は半減した。
「もういっちょ! ファイアストーム!」
続けて巻き起こる巨大な火柱。炎に包まれた魔物たちは断末魔を上げ、戦闘可能な個体はわずか五体ほどにまで削り取られた。
「仕留めるぞ!」
カイエンが鋭く踏み込み、二体の首をレプリカで撥ね飛ばす。サヤもまた風のような速さで一体の心臓を貫き、返す刀で残る一体の首を斬り落として絶命させた。逃げ出そうとした最後の一体は、カイエンの義手から放たれた仕込み銃の弾丸によって脳天を砕かれた。
「すごいな……お前、これほど高度な法力が使えるのか」
カイエンの驚きに、マルコは得意げに鼻を鳴らす。
「いやあ、教会の祭壇に手を合わせるだけですから。赤本の呪文をいちいち覚える必要がないのが、法術のいいところですよ」
だが、勝利の余韻に浸る時間はなかった。カミラたちの乗った船は、既に岸を離れ、沖へと滑り出していた。
「ちっ、逃げられたか……!」
カイエンは近くに停泊していた船に飛び乗り、船頭らしき男の胸ぐらを掴み上げた。
「お前も黒本党か!」
「ひい! 違います、ただの漁師です!」
「船を出せ! 追うんだ!」
「む、無理です! ここはゼファー・エンド……風が、風が全く吹かないんです!」
「ふざけるな、あいつらの船は出港したじゃないか!」
「あれは……黒本党の船にだけ、なぜか追い風が吹くんです。理由はわかりません!」
カイエンは忌々しげに男を放り出した。予感は当たった。黒本党は「風のない岬」という地理的優位を、闇の力で独占していたのだ。
港には他に動ける船もなく、三人はただ立ち尽くすしかなかった。
その時だ。
水平線の向こうから、流線形のフォルムを持つ、これまでのどの船とも異なる美しい帆船が近づいてきた。その船は風を待つこともなく、迷いのない足取りで港へと入港する。
船のタラップが下り、赤いドレスを翻した美しい女性が、二人の兵士を伴って降りてきた。
「あーら、しけた顔してどうしたのかしら?」
イゾルデが、呆然とする一行に優雅な笑みを向ける。
「やあ、どうも。お久しぶりです」
その後ろから顔を出したのは、ひょっこりと手を振るバルドだった。
「お……お前ら、なんでここに?」
カイエンが呆気にとられる中、イゾルデはいたずらっぽい瞳で新造船を指差した。
「この船なら、風がなくても行けるわよ。……試してみる?」




