第四章:街道の約束と凪(なぎ)の予感
街道の先に立ち尽くすサヤの背中に、マルコとカイエンが駆け寄った。
「サヤ! 大丈夫か? ケガはないか!」
マルコが心配そうに覗き込むと、サヤは感情を押し殺したような横顔で、静かに首を振った。足元には、人間の姿に戻ったジゼの残骸が転がっている。
カイエンはジゼの死体を見下ろし、低く呟いた。
「……殺しちまったか。で、エルムは見つかったのか?」
サヤは街道の向こう、夕闇が迫る地平線を指差した。
「あちらの方へ向かったわ……。女の人と一緒に」
「女……? ああ、カミラか。厄介だな」
カイエンは腕組みをし、苦々しく顔を歪めた。
「思ったんだが、やはり黒本党の幹部ともなると、かなり強い。さっきも一人だったら、俺も死んでたな……」
カイエンの言葉を受け、サヤが真っ直ぐに彼の眼帯に顔を向ける。
「あなたは……あの時、エルムを殺そうとしてた。この先、もしエルムを見つけても、殺さないって約束してくれる?」
「……まあな。だがな」
カイエンは無造作に、金属質な音を立てる義手を突き出した。
「その手……」
「俺も昔、魔剣に呪われた。師匠に腕を切り落としてもらったから助かったが、エルムも腕一本は覚悟してもらう」
「う……それは……」
サヤが絶句する。だが、カイエンの言葉には経験に基づいた重みがあった。
「お前だって、かなり痛い目に遭ったはずだ。魔剣は……それほどまでに危険なんだよ」
「うん……。わかった」
サヤはこくりと頷いた。彼女もまた、魔剣に呪われた者の末路を見てきた。
「でも……そんなことがあったなんて。……ごめんなさい」
「気にするな。……で、お前は?」
カイエンの視線がマルコへと向けられる。
「あ、はい。私はマルコです。……しかし、さっきのブレスは強力でしたね! あなた、ドラコニアン(竜人族)ですよね?」
「俺はカイエンだ。よろしくな…それにしても、よく知っているな」
「前に見たことがあるんです。でも、マジックロッドにいた頃は、ブレスって戦闘の最初に吐くものだと思ってましたから」
「マジックロッド……魔法電池の鉱山か?」
「いや、鉱山ではなくて。……迷宮になっていて魔物がいて、その魔物を倒して持ち帰った品を魔法炉に格納して……」
「ふーん。割と複雑な仕組みなんだな。……まあ、俺たちはドラゴンと違って、あのくらいの炎で打ち止めだからな」
「えっ。一発しか吐けないんですか?」
「そうだな。胃が小さいから」
「胃が小さい……?」
「俺たちには胃が二つあってな。そこに可燃性のガスが溜まるんだが、一度吐き出すと、また溜まるのに数時間はかかる」
「へえー、すごい。……ともかく、あなたが一緒にいてくれるのは本当に心強いです」
「そうか」
カイエンはぶっきらぼうに答え、街道の先を見据えた。
「じゃあ、行こう。エルムはあっちか?」
サヤが頷く。三人は、長く伸びる影と共に歩き出した。
「嫌な予感がするな……」
カイエンの呟きに、マルコが尋ねる。
「何がです?」
「この先は、トルニアっていう港町なんだが」
「ええ、地図で見ました」
「そこには『ゼファー・エンド(風のない岬)』がある」
「ゼファー・エンド……」サヤがその名を反芻した。
「そこから先は、船では行けない」
「港町なのに、ですか?」
「そこが問題なんだ」
カイエンの言葉に、マルコは少し楽観的に笑った。
「まあ、いいじゃないですか。行き止まりなら、逃げ場がないんだし好都合ですよ」
「……行き止まりだといいがな」
カイエンの不穏な言葉を風が浚っていく。凪いだ海が待つ港町へ向けて、三人の足取りは早まっていった。




