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ブラック ブック  作者: さだきち
凪(なぎ)の境界、あるいは天空の航路

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第一章:枢密院の審議、あるいは古の盟約


魔法教会の最高機関、枢密院。急な招集にもかかわらず、そこにはローゼンバーグ、リングベル、デイド公国など、大陸各国の重鎮たちが顔を揃えていた。世界に忍び寄る「黒本」の脅威が、もはや無視できない段階に達したことを物語っている。


円卓の中心には、枢密院議長アルフレート・フォン・ゼーレ。その傍らには、膨大な資料を冷徹に精査する首席補佐官ユーディット・クロンハイムが控えていた。

沈黙を破り、ユーディットが淡々と報告を始める。


「先の報告により、ヴェネリア王国の女王が黒本党の手に堕ちたことが確定いたしました。カベナル王国の侵略、各地の有力者の汚染報告……事態は刻一刻と悪化しております」

「ふーむ……。かつての食人樹のように、討伐隊で焼き払えば済むという単純な問題ではないか」

アルフレートが白銀の髭を蓄えた顎に手を当て、低く唸った。その時、一人の女性が毅然と立ち上がった。


「議長! 私から提案があります」

「君は……」ユーディットが鋭い視線を向ける。

「元ヴェネリア王国・親衛隊長、シファ・トランシャント・スティングレイです。……『聖輝軍』の結成を許可いただきたい!」


円卓を囲む高官たちから、一斉にどよめきが沸き起こった。「聖輝軍を結成して、どうするつもりだ?」

「ヴェネリアを黒本の毒から奪還します」

シファの拳には、再起を誓う黄金の百合の紋章が握りしめられていた。

「しかしな……」アルフレートが困ったように首を振る。「シファ殿、聖輝軍の結成は、我ら魔法教会の権限ではないのだよ」


「……どういうことです?」

「かつて魔術師ヴァルガスを討った時、我らが結成したのはあくまで人間による『討伐隊』だ。聖輝軍とは、そこにドラゴン族の長老率いる軍勢が加勢した際に呼ばれた、伝説的な混成部隊の名なのだよ」


アルフレートの口から、歴史の真実が語られた。かつてヴァルガスに国を追われたリクセンが、決戦を前にドラゴン族の里を訪れ、長老と盟約を交わした。その共闘こそが聖輝軍の正体であった。

「そのドラゴンの里はどこに?」

「……残念ながら、そこまでは教会も把握しておらんのだ」


「……わかりました。では、我が親衛隊八名で、ドラゴンの里を探索する許可を。必ずや彼らの助力を取り付けてみせます」

「シファ……!」

隣に座るイゾルデが驚きに目を見開いたが、アルフレートとユーディットが密かに言葉を交わした後、議長が深く頷いた。

「よかろう。探索を許す。ただし、教会への定時報告は怠らぬように」


「感謝いたします」

シファが着席すると、アルフレートは再びユーディットに目を向けた。

「ふむ。それはいいとして……黒本の出所はどうなっている?」

ユーディットが資料をめくり、オズワルドを促す。

「オズワルド君、報告を」

「はっ。レティシアです。あの地から大量の黒本が出回っている事を確認しました。……ですが、問題は『ゼファー・エンド(風のない岬)』です。船があっても物理的に渡れない。このままでは捜査は詰みです」


重苦しい空気が流れる中、それまで静観していたイゾルデが、不敵な笑みを浮かべて発言した。

「……それは、私に任せて」


――それから、しばらく後。

魔法教会の一画にある、バレルが拘束(あるいは軟禁)されていた部屋の扉が、ガチャリと音を立てて開いた。

「あーら、バレル。こんなところで腐ってるの?」

「お、お前……! イゾルデ? どうしてここに……」

驚き、顔を上げたバレルの前で、イゾルデは優雅に逆時計の鎖を指に絡ませた。


「あの岬を越えるには、あんたの技術が必要なのよ。……行くわよ、再始動リスタートの時間よ」


こうして、亡国の騎士と天空の血を引く野心家、そして異端の技師による、新たな旅立ちの幕が上がろうとしていた。


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