第四章:生命のしずく、親愛なる再会
ピーティンを後にしたイゾルデ一行は、リングベル王国の境界を越え、港町からヴェネリア王国行きの定期連絡船に乗り込んでいた。
波を切り裂いて進む巨大な船の特等室で、バルドは高級な絨毯を踏みしめながら、子供のように目を輝かせている。
「はあ……奥方の部屋は広いっすねえ! さすが特等室、眺めも最高だ!」
「バルド、あんまりキョロキョロするんじゃないわよ。落ち着きなさい」
「俺もここで寝ていいっすか、奥方?」
「ダメに決まってるでしょ、アホね」
イゾルデの即答に、バルドは「ちぇっ」と唇を尖らせた。
「わはは! バルド、俺と一緒に寝るのがそんなに嫌か? あっちも一等室なんだぞ」
ゴドリックが豪快に笑いながらバルドの肩を叩く。
「こうなったら、ここにある備え付けのラム酒を全部飲み干してやりましょう!」
「わははは、後でな。奥方の邪魔をするな」
イゾルデは二人の騒がしいやり取りをよそに、テーブルに置いたプロバンス製の箱を、壊れ物を扱うように愛おしく見つめていた。
「奥方……それ、中身は結局『アンテ・ローム製』なんすね」
バルドがふと、箱に刻まれた紋章を見て首を傾げた。「中身もプロバンスで作れなかったんすか?」
「うふふ……何も知らないのね」
イゾルデは静かに箱の蓋を撫でた。
「いいわ……食人樹は知ってる?」
「ええ。世界中に繁殖した化け物植物だ。魔法教会の討伐隊が焼き尽くして全滅させたっていう」
「その通りよ。この『生命のしずく』というのは、食人樹の毒液を数十倍に薄め、成分を微調整したものなの……」
「ど……毒なんすか!?」
バルドの顔が引きつる。
「まあ、原液のまま飲めば赤ん坊になっちゃうでしょうね。もともと植物を品種改良して食人樹を作り出したのがアンテ・ローム。昔はその樹液も美容や延命の薬として、高値で取引されていたみたい」
「それで、わざわざアンテ・ローム製を……」
「そういうこと。そして、これを我が女王陛下に献上すれば、私は晴れてヴェネリア王国の高官の地位に就くことになるわ」
「おめでとうございます、イゾルデ様」
ゴドリックが深く頭を下げる。
「ありがとう、ゴドリック。苦労をかけたわね」
「もー、俺もめちゃくちゃ苦労したんですけどぉ!」
「はいはい、もちろんよバルド。あなたにも感謝しているわ」
イゾルデの珍しく素直な言葉に、バルドが「……どうしたんすか、奥方?」と戸惑いを見せる。
「いいだろ! ほら、飲みに行くぞバルド!」
ゴドリックが照れ隠しのようにバルドの首を抱え、部屋から連れ出していく。イゾルデはその背中を、穏やかな微笑で見送っていた。
やがて船は、航海と流通の要衝、ヴェネリア王国の巨大な港へと接岸した。
船荷の真っ赤な馬車が降り立ち、バルドとゴドリックが誇らしげにそれを王城へと引いていく。その後ろから、敷かれたばかりの赤い絨毯を、イゾルデが凛とした足取りで歩いてきた。
「あーら、シファ? 久しぶりね。元気にしてた?」
出迎えたのは、引き締まった体の上に煌びやかで機能的な鎧を纏った女性だった。女王直属の親衛隊長、シファである。
「親衛隊がわざわざ出向くなんて、私も出世したもんねえ」
「……リングベルの平原で、野垂れ死んだとばかり思っていたわ」
シファの声は冷たい。だが、イゾルデはそれを笑い飛ばした。
「そうね。あなたたちは、私を置いて尻尾を巻いて逃げたものね?」
その言葉に、シファはキッとイゾルデを睨みつけた。
「……私が決めたんじゃないわ!」
「ど、どうしたの? シファ?」
豹変した親友の態度に、イゾルデが眉を寄せる。
「……できれば、あなたを助けに行きたかった。……よくぞ、生きて帰ってきてくれたわね」
シファの声は震えていた。
「シファ……」
親衛隊長はそれ以上語らず、踵を返して先導を始めた。イゾルデは、その少し寂しげな親友の背中を見つめながら、一歩ずつ、野望と陰謀が渦巻くヴェネリア王城への道を歩んでいった。




