第三章:秘匿のランドリエ、天空の遺産
リングベル王国の境界から、一台の真っ赤な馬車がゆっくりと入ってきた。
到着したピーティンの町は、行き交う人々で活気に満ちあふれていた。つい先日まで凄惨な戦争の舞台となっていたことなど、まるで嘘のような賑わいだ。
「こっちに来たらお通夜かと思いましたが、また随分と賑やかですねえ」
馬車を操るバルドが暢気に周囲を見回すと、馬車の中から冷ややかな声が返ってきた。
「何を言ってるの? ここらへんはもうリングベルの領土よ。……それで、ゴトリック。ランドリエにはどのくらいで着くの?」
「ああ、あちらです。西の山道を進めば、そう時間はかからないでしょう」
「じゃあ、行くわよ」
屈強な兵士たちを連れた赤い馬車は、ピーティンを西へ抜け、寂寥とした山道へと入っていった。
一行の眼前に現れたのは、単なる閉鎖された鉱山跡というにはあまりに異様な光景だった。
そこには、荘厳な門構えを持つ要塞のような巨大施設がそびえ立っていた。長い年月、人の手が離れているのは確かだが、その威容は衰えていない。イゾルデは馬車を降り、迷いのない足取りで脇にある小さな扉から中へと侵入した。
「思っていたのと違うわね……。鉱山といえば鉱山っぽいけど」
内部には滑車や巨大なクレーンの跡が残り、かつて大規模な物資輸送が行われていたことを物語っている。
「奥方! あれじゃないですか? 変な模様が付いた扉がありますよ!」
バルドが指さした先には、窓一つない巨大な壁面があった。ゴトリックが眉をひそめて近寄る。
「これは……扉か? ノブも取っ手もない。どうやって開けるんだ、これ」
天空の都市が停泊し、物資の補給と保守を行うための重要拠点――。
天空人の家系にのみ伝わる古い伝承を、イゾルデは静かに思い返していた。彼女は一度目を閉じ、扉の前で精神を研ぎ澄ませた。
バルドとゴトリックが右往左往しながら仕掛けを探す中、イゾルデは扉の正面に立ち、胸の前で両手を三角形の形に結んだ。
「イーファ……ラルコ……ポーパ……」
静かな祈りのような声が響くと、無機質な扉がぼうっと淡い光を放ち始めた。
扉から伸びた一筋の光が、イゾルデの正体を探るように彼女の全身をなぞっていく。
「奥方……!」
バルドたちが息を呑む中、イゾルデの指先が素早く、かつ複雑に交差した。
「シー……スフィアード……レーセン!」
両手を突き出して一気に開くと、ズズズ……という地響きと共に、数世紀にわたって閉ざされていた扉がゆっくりと左右に分かれていった。
「奥方……どこでそんな術を?」
「お母さんから聞いたわ」
「お、お母様から……?」
「いいから、行くわよ」
驚愕するゴトリックを尻目に、イゾルデは迷わず奥へと進んだ。
中には、純度の高い詠唱石や魔法電池、見たこともない神秘的な色をした液体が入った瓶、さらには洗練された意匠の銃や弾丸が所狭しと並んでいた。
「すげえ……」
「ここの物には触らないで!」
思わず手を伸ばそうとしたバルドを制し、イゾルデはある一点を見つめた。
「私たちが持っていくのは、これだけでいいわ……」
彼女が手に取ったのは、一つの小さな箱。そこには「プロバンス」の刻印が刻まれていた。
震える手でその蓋を開ける――。
中にはアンテ・ロームの紋章が刻印された、琥珀色の液体が詰まった瓶が鎮座していた。
「ついに……見つけたわ……」
バルドとゴトリックもその中身を覗き込む。
「中身が……本当にある!」
「ああ、ついに手に入れたわ!」
暗い鉱山の奥底に、イゾルデの高らかな笑い声と、狂喜乱舞する二人の兵士が跳ねる音が、不気味なほど賑やかに響き渡った。




