第三章:御零球(ぎれいきゅう)と魂の歯車
村の中央に位置するその扉は、わずかに装飾が豪華な気もするが、他と見分けがつかないほど質素なものだった。
「外の世界の王宮に比べりゃ、いまいちパッとしねえな……」
バレルは独りごちながら、招かれるままに長老の住居へと足を踏み入れた。
「村の者に聞いたが、お前は相当な技術者のようだな」
奥に座る長老の言葉に、バレルは「まあ、それほどでもないですよ」と謙遜して見せた。だがその実、彼は外の世界において精霊工学の頂点に立つ一人であり、その腕は国家を動かすほどのものである。
「この村に来てからの活躍は素晴らしい。まずはお礼を言わせてもらうよ」
「そのために呼ばれたのですか?」
「いけないか?」
「いえいえ、ありがたいことだと思います。……ところで」
バレルは技術者としての本能的な問いを口にした。
「霊術というのは、詠唱石に封じることは可能なのでしょうか?」
「なに? エイショウセキ……?」
長老のきょとんとした顔を見て、バレルはすぐに察した。「いえ、何でもないです」
この村は詠唱石の存在を知らない。だが、知らないということは、逆にその二つを組み合わせる可能性が眠っているということだ。
「……その、霊術の話ですが」
「そうだな。あの『傀儡』のことを聞きたいのだな? もうそろそろいいだろう」
長老の目が鋭くなる。バレルは姿勢を正した。
「人間からは霊体は取り出せない。いや、取り出すことは禁じられておるのだ。我らがやるのは、物から霊体を取り出す術。家を建てた時のように、一部だけ『生きている部分』を残すものは容易いのだよ」
「生きている部分?」
「扉のことだ。扉を物理的な物として残すことで、その霊体をこの世に繋ぎ止める。もし、その扉まで全て壊してしまったら、霊体は死者の世界……天界や奈落のある世界へと消えてしまう」
「天国や地獄……。外の世界ではそう呼びます。つまり、扉がこの世との錨になっていると」
「おそらく、そうだ。……だがな、お前を運んできたあの傀儡には、『生きている部分』がないのだよ」
バレルの喉が鳴った。「……生きている部分が無い? どういうことです。あれは触れるし、重いし、怪力だってある。れっきとした物理的な物体のはずだ」
「いや、あれは純粋な霊体だよ。一部でも『生』があれば中身(霊体)を覗くだけだが、霊体のみになれば話は別だ。霊体そのものが実体となって、見えて触れる物となる」
「そんな馬鹿な……」
理解を超えていた。物理学の頂点に立つドワーフにとって、それは世界が逆転するような話だった。
「それを可能にするのが、これだ」
長老が差し出したのは、一個の美しい水晶玉のようなものだった。
「これは、歴代の長老の魂を封じた球。もとはただのガラス玉だが、長老が天命を全うする時、その思考をここに封じる。そして、このガラス玉の『生きている部分』を壊した時、純粋な霊体のみが残る。それがこの『御零球』だ」
バレルはその球を凝視した。
「……霊体のみになったものは、どれほど叩いても熱しても壊れなくなる」
「じゃあ、永遠に不滅だと?」
「いや、浄化すれば消える。……あの傀儡の滑らかな関節は、お前のような技術者の手で作られた精巧なものだ。その心臓部にこの御零球を入れ、わざと『生』の部分を壊して失くす。すると、壊れない霊体としての傀儡だけが残るのだ」
「動力はどうなるんです」
「そんなものは必要ない。霊体にしてしまえば、傀儡は自分で動くようになる」
「……それじゃ、あの人形たちは、歴代の長老の生まれ変わりなんですか?」
「ふーむ……おそらく、違うな。長老たちの知識や記憶は持っておらん。霊体になってから一つずつ覚えていくのだよ。赤子のように、な」
バレルは絶句した。
これまでの人生で、聞いても理解できない話など一度もなかった。だが今、彼は未知の海に放り出されたような感覚に陥っていた。
しかし、その困惑の裏側で、技術者としての熱い鼓動が全身を駆け巡っていた。
(不滅の強度、自律駆動……そして魂の欠片。これを俺の技術と組み合わせたら……!)
恐ろしいほどの高揚感が、バレルの胸の中で爆発しようとしていた。




