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ブラック ブック  作者: さだきち
霊体の理、あるいは友への誓い

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第二章:霊体の器、あるいは動かぬ家の深淵


山の奥深く、雲海に隠された村の一角では、奇妙な家づくりが最終局面を迎えていた。


「置き基礎」と呼ばれる台の上に、直接建物を組み上げていく。基礎も土台も打たず、まるで玩具を並べるようなその光景は、一見すれば移動式の仮設住宅を作る、外の世界でも珍しくない工法に見えた。

だが、そこで使われる工具や手順は、ドワーフのバレルから見ればひどく古臭く、非効率なものばかりだった。


「ふわあ……すごいな、お前。こんなに早く、こんなに質の良い家を組み立てちまうなんて。こんなやり方、見たこともねえよ」

村の男たちが、バレルの手際を見て感嘆の声を上げる。バレルは鼻を鳴らし、自慢の髭を撫でた。

「外の世界じゃあこれが普通なんだよ。だが、普通はこんな不安定な建て方はしねえ。基礎と土台をしっかり打って、地面に固定するもんだ。お前らが『家』と呼んでる、あの扉付きの柱……あんな妙なもんにはならん」


「よおし! 中組みは完成だ。バレルのおかげで、最高の出来になったぜ」

「これからどうするんだ? どこへ運ぶ?」

バレルの問いに、男の一人が不敵に笑った。

「運ぶ前に『霊工れいこう』を施すのさ」

その言葉に、バレルは待ってましたとばかりに目を輝かせた。ついに、この村の、そしてあの「扉の家」の秘密を暴く時が来たのだ。


やがて、どこからともなく村の女たちが現れ、完成した建物を円状に取り囲んだ。彼女たちは奇妙な節回しで祈り、踊り始める。村の長老が念仏のような呪文を唱え始めると、周囲の空気が重く澱み始めた。

「……あれは、何をしてるんだ?」

「何だお前、見たことないのか? あれは霊術だよ」

「霊術?」

「この世には『霊体』があるのを知ってるだろ?」

「ああ。死んだ者が肉体を失った後に残る、未練の塊のようなもんだろう?」

バレルが答えると、男は首を振った。

「違うよ。お前にも俺にも、今こうして生きてる間にも霊体はある。そして――あの『家』にも霊体はあるのさ」

「家って……ただの木材の塊だろうが」

「何にでも霊体はある。霊術ってのはな、その『霊体』を取り出す方法なんだよ」


儀式が終わり、長老たちが去った直後だった。

「よし! やるぞ!」

男たちが気合を入れ、せっかくバレルが丹精込めて組み上げた家を、斧や槌で破壊し始めたのだ。

「わーわーわぁ!! 何やってんだお前ら! 気が狂ったか!?」

バレルは大慌てで止めようとするが、男たちは笑い飛ばす。

「邪魔すんな、もういいんだ。お前は黙って見てろ」


立派だった家は見る影もなく崩され、最後には、最初に取り付けた「扉のある板」だけが残された。男たちはそれを二人掛かりで運び、村の中ほどにある空地へと持っていく。

そこには小さな穴が掘られ、申し訳程度の基礎の上に、その扉付きの板だけが立てかけられた。周囲を頑丈な木材で固定し、完成だと男たちは手を叩く。


「よし、出来た! お前、入ってみろよ」

「え? 俺が?」

「お前がこの家を建てた一番の貢献者だ。自分で見てみるのが一番早い」

バレルは半信半疑で、地面に立てかけられただけの不自然な「扉」に手をかけた。背後には何もない。ただの板が立っているだけだ。

だが、扉を開けた瞬間――バレルは愕然とし、その場に固まった。


「な……っ!?」

そこには、先ほど自分たちが組み立て、そして壊したはずの「家の中身」が、完璧な状態で広がっていたのだ。

外から見れば、ただの板一枚の向こう側。しかし、一歩踏み出せばそこには廊下があって、その先には広々とした部屋もあった。


「言っただろ。これが霊体だ。俺たちはこの中に住んでるのさ」

バレルは実際にその光景を見て、ようやく理解した。

この村の住人は、物体の「形」ではなく「本質(霊体)」を固定し、利用しているのだ。それは外の世界の物理法則を嘲笑うかのような、未知の空間工学。


バレルは震える手で壁に触れた。ドワーフの建築技術では決して辿り着けない、霊的な深淵。

「これが……霊工……。物理法則を超越した、別の世界の入り口……!」


ドワーフの技術者の魂に、新たな、そして危険なほどの好奇心の火が灯った。


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